2008年09月21日

アート> 「浅利美織展」 信濃橋画廊5

地下鉄 本町駅近くにある、信濃橋画廊5で開催中(9/15〜9/27)の「浅利美織展」を見てきました。 信濃橋画廊の5階にある2つの展示室両方での開催。

DMをみると、信濃橋画廊5・5、 という表記がされていて、5、は9/20までと書かれています。 今まではっきり判っていなかったのですが、“5”は5Fの大きい方、“5、”が小さいほうということかもしれませんね。 とにかくどちらかの展示室は9/20までというとのようです。

この作家さんの作品は、私はとても好きで、情報が得られたら出来るだけ足を運ぶようにしています。 今回も先々週、信濃橋画廊に足を運んだ際に予告を目にして、今日行ってきました。

この方の作風は、ビニールで大きな円筒状等の風船のような形状の物を作って、そこにフィンで空気を送り込んで膨らませて、その状態で展示空間に置くという、オブジェとも、インスタレーションとも言える感じの作品。 今回は、各々の展示空間に合わせてあるという感じで、完全にインスタレーションという感じでした。


小さい展示室のほうは、あの空間を完全に占めるように一杯に四角のビニールが膨らんでいました。(当然中には入れません) 空間を占めているという迫力があり、特に微妙だけどここがいいなぁと思ったのは、一部は壁に風船が押し付けられていて、そういうところ、そうでないところが存在しているのが、ちょうどいいバランス。 パンパンで全部が壁面を押しているのより、こちらのほうがいい感じでは?と思いました。

大きい展示室のほうは、たくさんの縦長の風船が、横たえられていて、それがたくさん積み重なって、全体でひとかたまりの構成になっています。
こちらは一番上の風船の端がちょっとしぼんだ感じのイメージで三角垂状になっているのが面白かった。
また、展示室を入った辺りは明かりを暗くしてあり、奥の風船があるところは明るいという感じで、照明も含めて細かく配慮されているなぁと思いました。

また大きい展示室には、白いビニール状の素材で作成された壁掛けのオブジェ的作品も一つ展示されていて、前に見た作品よりか、つやつやで無いななぁと思っていたら、新しい素材を試されているとのことでした。


印象的には、小さい展示室のほうがより好みかなぁという感想です。 また情報が得られたら足を運びたいです。


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2008年09月19日

マンガ> 「絶対可憐チルドレン」14巻 作:椎名高志

今日発売の、「絶対可憐チルドレン」14巻,作:椎名高志,少年サンデーコミックスです。
この巻は、前巻の続きの“そのエスパー凶暴につき”から始まり、“その通りになるのです帳”,“ファントム・メナス”の途中までが収録されています。

“そのエスパー凶暴につき”は、皆本とチルドレンの最初の出会いの話。 お話の中に出てくるギャグのネタは結構笑えるものがあったのですが、内容は過去のお話なので、展開として先に進むという感じではなく、感想としては、チルドレンの性格がひねくれた原因に関して、ちょっと補完してあるというところではないかと・・・
(懐かしいもののネタでは、やはりサイボーグ1号でしょうか?? 昔、持っていましたよ、これ。)


“ファントム・メナス”では、薫とパンドラのエスパーたちが“黒い幽霊”のエスパーに対しようという展開。 これは、薫−パンドラ−黒い幽霊の関係がはっきりしてきたのと、薫が女王と呼ばれるにいたる過程の一つを描いているお話にもなると思われます。 途中までの掲載なので、これは先を読んでみたいところ。 それにこのエピソードでの薫の性格の描写が、確かに成長しつつあるというところを感じさせるもので、この辺りもそろそろ展開が早まるという予兆かも?と期待してしまっています。

ちょっと、最近の言葉遣いについていけなくなってきているなぁと感じたのが、“その通りになるのです帳”の中で、紫穂が使った「私が神ですか?」というセリフ。
シーンの展開と、他の2人のセリフから推測すると、「私が選ばれますか?」「私が一番ですか?」というところかと思ったのですが、正直、このことばの正確なニュアンス、使用方法等、現実にどう使われているのかは全くわかりません。
(こうやって段々ついていけなくなるのでしょうか・・・・)


今回の表紙絵は、澪でした。バックはそんなに鮮やかでは無いけど濃い目のブルー。(ブルーグレーではなくはっきりとしたブルーですね) 正直ちょっと好みでは無い感じです。
澪の髪の毛の表現がちょっと派手なので、それが変に違和感を感じてしまう所かもしれません。どうも全体のバランスとしていま一つという印象でした。

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2008年09月17日

アート> 「ドーミエ ★ 人間喜劇」 伊丹市立美術館

伊丹市立美術館で開催中の「ドーミエ ★ 人間喜劇」を見てきました。
この展覧会は、第一部:パリっ子の表情:8/30〜11/24,第二部:日本人のまなざし:11/29〜12/21という形で展示が2部構成になっています。 又、第一部は、8/30〜10/13が前期,10/18〜11/24が後期と、更に分かれているようです。
だから私が見たのは、第一部前期の作品ということになります。
(しかし、結構期間長いですね、、全部併せると、年内一杯、4ヶ月という長期の展覧会です。)


このオノレ・ドーミエという作家さんは、19世紀にパリで活躍された風刺画の作家さん。 今年で生誕200年にあたるそうです。 この伊丹市立美術館は、ずっと継続してこのドーミエの作品をコレクションしてきていて、その作品を今回展示しようという展覧会のようです。

これまでの企画展のときでも、地下の奥の部屋はこのドーミエの作品が展示されていたことが結構あり、私も時々は目にした記憶がありますが、この作家さんが主になった展覧会は確かに初めてのような気がします。


展示は、地下の展示室だけが会場でした。 作品は全てリトグラフ,夫婦の諍いや、子供に対する苛立ち、家族像というものに対する皮肉な視点、古代史のイメージを皮肉っているような作品等々、人間が生きていく中での様々な局面、状景、人の心情、などを切り取って、かなり冷笑的に鋭く切り取って描いています。 風刺画の中でも結構毒が強い傾向の作品であるように思えました。

思わずにやりとなってしまう作品もありましたが、私にはちょっと毒が効きすぎていて、いま一つ笑えないなぁ〜。。。 という作品も多かったです。


個人的には、古代史(トロイ戦争)に関する作品が面白かったです。 トロイ戦争は10年以上に渡って続けられたそうですが、その10年の間に人は年をとり変わるのだという辺りを赤裸々に,身も蓋もなくという感じに描いています。 確かに、古代のお話などを聞いて、頭の中でイメージした登場人物の人々って、何となく若いまま(少なくとも外見は)というイメージを持ってしまいます。 そのあたりの思い込みを突かれた感じでこれは面白かったです。

ドーミエ展だけを見るのなら、第一部なら200円と値段も安いです(後期は500円)。 まだ昨日私が見た作品は、コレクションの一部なので、展示替えが済んだら又行ってみようかと思っています。
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2008年09月15日

アート> 「大阪府20世紀美術コレクション選」 海岸通ギャラリーCASO

地下鉄 大阪港駅が最寄り駅の、海岸通ギャラリーCASOで開催中(9/9〜9/21)の「大阪府20世紀美術コレクション選」を見てきました。

大阪府がコレクションしている作品の中から160点を選んで、CASOの全展示室を使用して展示してあります。

好みの作品、そうで無いもの、色々でしたが、中々楽しめました。
良かったなぁと思った作品をあげて見ますと、
ミルチャ・ロマンさんの“傷だらけの魂”,最初の展示室に入って、振り返って見上げた位置に展示されていました。 具象表現の木彫彫刻で、見た感じのイメージは、十字架に掛けられた人というところ。 木の、人の肌の部分に塗られたグレーの色と、赤、黒(これはタールのようです)の対比がいい感じで、彫りなんかはかなり荒めの表現でしたが、大きさと雰囲気にマッチしていて全体としてとてもいい感じでした。


私がずっと前から好きな作家さんでは、須田剋太さんの抽象画、津高和一さんの抽象画。この辺はいつもながら良かったです。

また清水久兵衛さんのアルミの彫刻も久しぶりに見て、やっぱり良かったです。

他にもモノクロの小さい写真作品で幾つかいいなぁと思ったのがあったのですが、名前を忘れてしまいました。


最初に書いた、ミルチャ・ロマンさんの作品を除くと、そんなに新規でいいなぁと思う作品には今回は会えませんでした。 160点もあったのになぁ・・とその点はちょっと残念。
でも久々に見た作家さんとかもあったので、その点も含めると、トータルでは良かったと思っています。
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2008年09月14日

本>ノンフィクション 「沖縄の本を読んでみました。」

今年の7月に沖縄の那覇に珍しく観光旅行に行ってきました。 私は旅行など出張以外ではほとんど無いという人間で、もちろん沖縄へ行ったのも初めてでした。
しかし、結構楽しめましたし、沖縄の歌を集めた、オムニバスのCDなんぞも聴いたりして、ちょっと“似非沖縄かぶれ”くらいには、沖縄のことが気になっています。


とはいえ、闇雲に、良かった、すばらしかった、というのも芸が無いので、ちょっと沖縄のことが書かれた本を何冊か読んでみました。
計3冊で、
1.「癒しの島、沖縄の真実」 作:野里洋 ソフトバンク新書
2.「沖縄ダークサイド」 編:野村旗守 宝島社文庫
3.「住まなきゃわからない沖縄」 作:仲村清司 新潮文庫
です。


一応どれも共通しているのは、沖縄の観光地としてのイメージ、“きれいな海、美しい自然”,“穏やかでのびやかな人々”,“スローライフ”,といった、ある種の楽園的なイメージだけではありませんよ、沖縄だって多くの人々が現実に暮らしている場所なのだから、いい面もあれば悪い面もありますよ・・・ というころと思います。

ただその内容は、3冊ともそれぞれ異なっていて、
1.は敗戦後から沖縄にジャーナリストとして移住し、ずっと沖縄のことを見続けてこられたという新聞記者の方が著者で、過去の歴史、戦後の沖縄の歩み、特に通貨のドルから円への移行、車の右側通行が左に変わった時期の混乱、などの沖縄独特の社会的な変化。 文化(沖縄には独自の文化がしっかりと根付いている様子)、などをジャーナリストらしく、冷静な視点で記述されています。

2.は、一人の著者が書いたものではなく、複数の著者がそれぞれの分野を担当し、それぞれの主張や、現実を記したもの。 ダークサイドというタイトルからもわかるように、こちらは、やくざの抗争、風俗の現実、かなり右翼っぽい考えの方の憂国(と本人は思っているでしょう)主張、移住者に対する反感、等々 冷静な記述というより、各々のどぎつい主張が色々描かれている、しかしこれもまた一つの現実という一冊。

3.は、大阪生まれの人が、沖縄に移住することになって、その実生活の中で感じた、様々なことを、結構コミカルに、しかし実際に住んだ人にしかわからない様々な情報が書かれている作品。

どれか1冊をということでしたら、まずは、3.あたりがいいのではと思います。
2.は個々の主張がきついし、まあ現実ではあるにせよ、これを読むと最初に警戒心ばかりが先走りそうだし、1.は一番、色んなことを網羅しているかと思いますが、ちょっと政治家とかの話とか高所から見たようなところもあって、日常の生活からは少し縁遠いものも結構あります。


まあ、3作品読んでみて、まとめた感想として書いてみると、
沖縄は、失業率も大きく、仕事を見つけるのは難しい、また所得も多いわけではない。
所得も多いわけではなく、物質的にそんなにも豊かというわけではないこと。

沖縄は、横のつながりが強い社会。 家族、一族という意味での悶中(もんちゅう)としてまとまりが強く、相互扶助がかなり生きている社会。
しかし、その反面、頼母子講的な横の組織“模合”というもので不義理をすると、その土地にいられなくなるくらい厳しいものがある。 また家族の位牌を引き継ぐ役目は、血族の男児に限られるというしきたりが根強く,トートーメ問題として、社会問題として取り上げられたこともある。

また、横のつながり、血族や地域社会の相互扶助のつながりから外れた、または飛び出した人間は、沖縄での仕事が少ないこともあいまってか、非常に厳しい生活を余儀なくされかねないこと。(そういった貧しさから、風俗に入る若い女性が少なくないことが2.のレポートにも記述されています)

その他諸々、これは良くニュースになる沖縄の基地問題、沖縄地上戦の悲惨な思い出が今も人々の心の中に尾を引いていること、それが簡単に片付くものでは到底無いこと。
等など、沖縄特有の問題にせよ、そうでないものにせよ、人間が集まればどこにでもある問題を当然沖縄も持っているわけです。


別に、だから沖縄とはこうなのだ!なんて結論めいたことを言うつもりは毛頭ありません。
沖縄は観光地として、私は楽しめました、観光客として楽しんできたわけです。 それはそれでかまわないと思っています。 また同時に、それだけではないことも、あたり前ながらわかってはいたわけですが、その辺りもう少し補完する意味で、上記の3冊を読んでみたわけです。(当然ながら、判っていないことのほうが遥かに多いのです。)
自分の頭の中で+気持ちの中で、少しバランスが取れたかな?と思っています。
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2008年09月11日

本>歴史 「ローマ人の物語32,33,34巻−迷走する帝国−」 作:塩野七生

「ローマ人の物語32,33,34巻」−迷走する帝国− 上,中,下巻,作:塩野七生,新潮文庫です。
前巻の−終わりの始まり−の記事を書いたのが、約1年前です。 本屋さんの紹介とかでも“この季節はこの本”というような文言で宣伝されていたようで、一年に一回、文庫版が刊行されるというペースで出てきそうです。
(帯に書いてあった予定で行くと、2011年に最終巻が発売とのことでした)


この巻は、ローマの歴史の中で特に「3世紀の危機」と呼ばれる時期を描いている巻であるとのことです。
紀元3世紀の73年間に22人の皇帝が入れ替わり就任した期間で、皇帝乱立といった感があります。


全体の印象からすると、周辺蛮族のローマへの進行が大規模で巧妙になってきたことから寧日なしといえるような、不安な社会状況にローマがなってきたこと。
皇帝が、これまでは軍人の出身であっても、その能力は、軍人の範囲にとどまらない政治家としての能力を持った人が皇帝になっていたが、この時期から軍事のスペシャリストと言える軍人たちが皇帝に就き出したこと。
その皇帝も、多くは暗殺等で殺されることが多く、短期の就任期間であることが多い。
等々、ローマに暮らす人々から言えば、自身の安全という点では非常に不安な状態が続いた時代と言えそうです。


また、最終的には再統合されたとはいえ、一時的にローマ帝国の西方がガリア帝国として分離独立し、これまで見られなかった大規模な分離というものも起きています。

この混乱の大きな要因の一つは、これまでよりもはるかに大規模で巧妙になってきた蛮族の侵入があるようで、且つ東方でも新たな新興の国が興り、これも帝国の東方を侵略する。
何となく、ローマの力が減少したということも確かかもしれませんが、それ以上に周りの国、民族の力が上がってきたゆえの現象のような印象を個人的には受けました。


この作家さんは、この時期の指導者たちの石像から受ける印象が、過去、勃興、発展期のローマの指導者たちと比べ一様に小粒であることを嘆いておられますが、どうもこの点だけは私はこの作家さんの感じ方、意見に賛同することは出来ない感じです。
過去に作られた、遺跡といってもいい石像から、昔に生きた人の性格や、人としての器や性格まで断じてしまうのは、あまりに独断にすぎるような気がします。 彫刻というのは実物を見て、忠実に創ったとしてもどうしても作り手の思い込みや、表現の特徴というものは出るはずですし、見た目がさえない人でも、中身は知的であったり、豪胆であったり、見た目と内面が異なるなんてことはよくある話しな訳ですから・・・・
彫刻としての出来のよさを賞賛するのは、結構ですが、それがモデルとなった人物の内面までも性格に現しているとするのは、あまりに危険な気がします。


あと、3巻で完結でなんですねーこのお話しは。 どうも次はまた一年後の発売となりそうですが、まあ気長に待っていようと思います。
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2008年09月07日

アート> 「遊上陽子展」 信濃橋画廊5

地下鉄本町駅近くにある信濃橋画廊で開催中(9/1〜9/13)の「遊上陽子展」を見てきました。 信濃橋画廊の5階の2つのスペースで作品が展示されていました。

この方の作風は抽象平面。 展示されていた作品の基本的な作風は、画面は黒一色、そこに鉛筆でハッチをかけるような感じで、線で細かく網掛けがされていて、光が鉛筆のてかりのような感じで反射して、黒一色でありながら、微妙な変化が楽しめて、非常にシンプルでかついい画面です。

今回展示の作品は、鉛筆の網掛けが画面全体に掛けられていて、これまで見た塗っている所塗っていない所の差による変化というよりも鉛筆の線の網掛けの線の引き方が、それぞれの作品で違いがあるというところでの面白さがあるように思えました。

私が、面白いと思ったのは、大きい展示室の一番奥の壁面に展示されていた、一つの網掛けの単位が大きめの正方形で、それが画面全体に均一に連なっている作品。 その隣の、正方形の形が分からないほどにフラットに鉛筆が掛けられている作品もいい感じでしたが、ある程度、形が残っていると感じる画面のほうが、個人的には良いと思いました。


個々の作品もですが、作品の配置と展示、展示作品の数が非常にいいバランスになっているなぁと思いました。 小さいほうの展示室も壁面の形と作品の形、そのバランスが非常に良くて、空間としてとてもいい展示と思いました。
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2008年09月03日

映画> 「いま ここにある風景」

これもドキュメンタリー映画です。 「いま ここにある風景」,第七藝術劇場で見てきました。

これは、カナダの写真家、エドワード・バーティンスキーの活動を追ったドキュメンタリー映画です。 この方は、人間の産業活動によって大きくその風景を変貌させてしまった風景の写真を、世界中で撮り続けているという写真家さん。
映画の中で取り上げられた風景は、ほとんどが中国ですが、他にバングラディシュなどの風景も取り上げられていました。


基本的には、声高に警告めいたメッセージを言葉で流すというわけではありませんが、やはり、我々人間が行ってきて、そして今も行い続けている、過剰な生産,消費,利を追求する活動,我々の持つ欲望とそれを制御できていない我々自身,そういったことに対して疑問符を静かに、しかし明確に投げかけるといった内容になっています。

・汚染とかの危険を考慮されず、手作業でおこなわれるリサイクルの作業。 周りの環境も、作業者自身の健康も危険にさらされかねないのがそれを続ける(続けざるをえない)人々。

・巨大な生産工場,そこには恐ろしいほど多くの人々が働いていて、巨大な生産量を誇る,しかし朝礼の場では、管理者がひたすらに更なる生産の量、品質の向上を求め続ける。

・鉱石や、石炭の採掘場では、その活動によりまさに風景が一変する荒涼とした風景に変貌している。

・中国の巨大ダムの建設,確かに中国の電力を支えることは間違いない、しかしその一方で、立ち退きを余儀なくされた何十万という人々がいる。


といった感じで、見ていて、そして見た後も、結局どうすればいいのか? これがあまり誉められたことではないのは判るし、どうにかならないのか?とも思う。
しかし、その一方で、間違いなく、この巨大な風景の破壊に自分自身がその一端を担っているのも間違いない現実があるので、なんとも自己矛盾に陥る、こうだ!という結論は到底出せないという感想です。

主に取り上げられている風景、人は中国ですが、これは今最も変貌が激しいのがこの国であるというだけで、類似のことは日本でも、その他先進国でも、その他の発展途上国でも、世界中で起きている現象です。


これを見ると改めて、成長とか、発展とかっていったいなんだろう?と思います。 会社にしても去年より更なる利益を求める。 国もGDPとか色んな指標があるにせよ成長しようとする。 何となくそうしないと悪いような気分が我々を支配していますが、これも、結局組織の上のほうの人の欲を満たそうとするがゆえのことなのでは??

更に、もっと遡って考えると、産業という以前、農耕という段階でも、我々は風景を変貌させてきていると思います。 田園風景とか見渡す限りの畑とか、里山とかは、人間が作り上げたもので、それ以前の風景とは異なっていたはずです。 そういって点では、人間がそれなりの数に増えて以降,ずっと人間は風景を変え続けてきたように思います。

そうなると、結局は、人間が利を求めるという欲望を何とかコントロールできないと、根本的には解決できないのか?とか思ったりします。 環境ビジネスとか言う言葉も聞きます、(排出権取引など正にそれですよね)しかし、“ビジネス”で捉えているとどうにもなら無いのではないかと思います。(利というものをある種度外視して活動するという覚悟が無いと変わらないのでは?と思うのです)

なんともまとまりの無い、疑問符を連ねるばかりの感想文になってしまいましたが、とにかく単純に一つの原因、一つの解決策とかを導き出せる問題では無いだけは間違いないと思いました。(その先何も思いつかないのが情けない所ですが・・・)


posted by 大阪下町オヤジ at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画、TV雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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