2008年10月30日

アート> 「川村記念美術館のこと −その1−」

一つ前の記事で書いた、モーリス・ルイス展が開催されている千葉県の川村記念美術館。
今回初めて足を運んだ美術館です。 それに関する感想を少し書いて見たいと思います。


まず、この美術館は、行くのにかなり時間がかかります。 最初行こうと思ったとき、当然交通アクセス(最寄り駅やかかる時間等々)を調べましたが、そうすると、ここは東京駅からまず電車で一時間ほど、それに加えて、最寄り駅のJR佐倉駅から無料送迎バスで20分かかるというのがわかりました。

この最寄り駅であるJR佐倉駅は、位置的には、千葉駅と成田空港の中間にある駅です。 そこまで快速で一時間ほど、そこから無料送迎バスで20分ほどで美術館に着きました。


確かに、行くには時間がかかりました、しかしこの場所は、それだけの時間をかけても行くだけの値打ちがある場所であったなぁというのが、実際に行って見ての感想です。

この美術館は、美術館単体で敷地にあるわけではなく、美術館の周りは、緑が一杯で、敷地も大きくて、散策が出来る自然散策路もあり、美術館の前にはかなり大きい池まであって、そこには白鳥が泳いでいる、ちょっと都会で建設するとしたら考えられない大きな敷地,贅沢な環境になっています。

この場所は、この美術館を作ったDIC株式会社の研究所の敷地内に作ってあるとのことですが、それにしてもこれだけの環境を整備、維持していくのは相当に大変なことと思いました。 来館者の入場料だけでとても賄えるとは思えなくて、この会社自体が基本的には費用丸がかえで、入場料も取りますが、それが主な財源とはとても思えないなぁという感想です。 それとも、この敷地の施設全体が、DIC株式会社の福利厚生施設として維持されていて、美術館は、むしろそのおまけという位置づけなのかもしれません。


何にせよ、あわただしい日常から、一時離れ、美術館も楽しんで、ゆっくり散歩でもして周りの緑も見て、のんびりした時間を過ごしてくださいといった趣の施設になっています。
※私のような、超ド庶民な人間にしてみると、あまりにのんびり,贅沢な環境すぎて、ちょっと落ち着かなくなるくらいです。


大阪に住んでいる身としては、もうめったに行くことも無いのだろうなぁと思いましたが、何と美術館の告知ポスターに、来年、マーク・ロスコの展覧会をやると書いてありました!!! こ、こ、これはやはり行かなくてはならないのだろうか??と今から悩んでいます。(私はマーク・ロスコの作品も大好きなのです・・・)


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2008年10月29日

アート> 「モーリス・ルイス −秘密の色層−」 川村記念美術館

千葉県の川村記念美術館で開催中の「モーリス・ルイス −秘密の色層−」を見てきました。 9/13〜11/30の開催です。
この川村記念美術館というところには初めて足を運びました。 色々と印象深い所であったのですが、その事に関しては、また別途感想を書こうかと思っています。
この記事では、美術館の2Fで開催されている、「モーリス・ルイス展」に関する感想だけを書いて見たいと思います。


この作家さんは、20世紀、アメリカで活躍された抽象の作家さん。 この方の作品は、関西の美術館でもいくつか所蔵されていて、私は常設展などで、幾度かこの方の作品を見ていて、非常に好きで、今回この方の作品をまとめて見ることが出来るチャンスと思い、行ってきました。
展示作品の点数自体は、そんなに多いわけでもなく、全部で16点。 しかし、非常にいい作品が多くて、特にこの方の初めの頃の作品である“ヴェール”シリーズの作品は、これだけ実物を間近で見たのは初めてで、やはり足を運んで非常に良かった展覧会でした。

この方の作品は抽象平面で、その技法は、薄く溶いたアクリル絵の具を地塗りの無いキャンパスに流すような形で色を置いていき、薄い色を幾重にもかけることで非常に深い色、また薄いですが奥行きも感じる非常にいい画面。 絵の具を流す+地塗りの無いキャンパスなので滲みとかの効果もあり、それらの偶然性も作品に取り込んでいてそこも非常にいいです。(要素少なくかつ良いという点で非常に好みでした)


画面全体に薄い色が幾重にも重なって画面全体に色が広がっている“ヴェール”シリーズ,画面の両脇に割りと鮮やかな数色の色の流れが、あまり重なることなく描かれているという“アンフィールド”シリーズ。
他の2つより小さめの画面で、細長い線が平行にほとんど重ならずに描かれている“ストライプ”シリーズ。
大体、この3つの傾向の作品が展示されていました。 個人的に好みであったのは、“ヴェール”と“アンフィールド”が好きでした。

特に印象に残っているのが、ヴェールの中では“グレット・バー”,”ダレット・サフ“がぱっと見は、にごった色なのですが、茫洋とした大きさと深みが感じられて良かったです。
また、チラシにも使われていた“ギメル”は、色的にはあまりにごりの無いターコイズの色がとてもいい作品。 茫洋とした大きさも持っていて、これは良かったです。
“アンフィールド”では、“ガンマ・ジェーダ”が一番良かったです。描いているところいない所の間、色の線の間隔などが一番いいバランスであったように思いました。


この作家さんは、制作は自宅のアトリエでされていたそうで、誰にも制作する姿を見せなかったこと,かつその制作場所が、展示作品の大きさよりも小さいところから、その製作手法がどのようなものであったのか良くわかっていないそうです。(買ってきたカタログの中にもされに関する考察をされている文章がありました、かなり予測されていますが正確なところはやはり分かっていない感じでした)

しかしまあ、私は、あんまり鑑賞するときはそういうことは気にしない方です。
何にせよ個々の作品非常に良くて、確かに複雑な模様の重なりもあるのだけれど、薄いのでそこがあるか無いかの微妙さで存在していて、あまりやりすぎていない画面。 そういう点でもとてもいい画面です。 日本では20年ぶりの展覧会ということなので、次にいつこういった機会が得られるかわかりませんが、次のチャンスがあれば是非是非足を運んで、実物に接してみたい作品でした。

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2008年10月27日

アート> 「横浜トリエンナーレ2008」

横浜の、みなとみらい線 馬車道駅から歩いて5分ほどの横浜港およびその周辺の数箇所で開催されている「横浜トリエンナーレ2008」−タイムクレヴァス−を見てきました。
9/13〜11/30の開催です。


メイン会場とされているのが、横浜港の3箇所、それに加えて周辺4箇所と展示場所が分散しての展覧会です。
しかし、今回他の用事で東京に出たため、この会場に着いたのは午後の3:00過ぎで、そこから慌ただしく、見られるところだけを見たという状態であったので、全部の会場を回ることは出来ませんでした。 また、今回、映像作品や、パフォーマンス、イベントなどが主な展示作品で、本来見るのに時間がかかる作品が多かったわけですが、あまりじっくり最後まで見るということも、時間的に出来なくて、どちらかというとぱっと見たときに良かった作品が印象に残っているだけという状態です。


本来、各会場を時間をかけてゆっくりと回って,じっくりと見て,というのが必要な展覧会だと思いますが、そういうわけで、今回は、各作品の本来の魅力は感じ取れないままでの感想文ということになってしまっていると思います。

そんななか、印象に残っている作品を列挙してみると、
“トニー・コンラッド”の大きな振り子が、色の付いた水が入っている低い箱の上を揺れていて、錘がギリギリ水面をこすっている。 それを繰り返していると、錘についた水が箱の外にほんの少しずつ落ちて、いつの間にか水溜りになっていて、床に模様が出来ている。 それが面白かった。

“ルーク・ファウラーと角田俊也”白い布がスクリーン状に部屋に張られていて、それに扇風機で風が当たりしわが出来て且つそれに動きがある。 そこにプロジェクトーから単純な色が小さい四角に投射されている。 部屋が暗いので、入ったときはその光が当たっているところだけが見えていて、しわの動きがプロジェクターからの投射映像と思ったのですが、ぱっと部屋が明るくなると上記のような構成であることに気付くという仕組み。
単純ですが面白かったです。

“シルバ・グプタ” マイク状のものが棒の両端についているというオブジェというか、物が、シーソー状に上下しつつ、何か言葉が流れているというもの。 これもオブジェとして面白かったです。 流れている言葉は外国語であったので、意味的なものはさっぱり判りませんでしたが・・・


まあ、とりあえずはこんな所です。 時間をかけて見ることが出来ていないので、本当の良い所を感じられていないことも多いと思います。 しかし全体としては、多くの作品が情報過多な感じで、シンプルな要素の少ないのが好みという私個人の好き嫌いから言うと、あまり好みで無い作風の作品が多かったように思います。

どちらかといえば、前回のトリエンナーレの展示のほうが好みの作品が多かったです。

また、今回は、会場が結構広い範囲に分散していたのはいいとして、それが、どうにも場所が分かりにくく、行き着くのにかなり苦労しました。 ちょっと不親切ではなかったか?というのが正直な感想です。 もう少し立看板とか、矢印とか、わかりやすくして欲しかった。
それを探し当てるのもまた楽しみという運営側の意図かもしれないのですが、私のように会場にいられる時間が限られていた人間からすると、もう少し何とかして欲しかったです。

ラベル:アート 芸術
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2008年10月24日

マンガ> 「GIANT KILLING」7巻 作:綱本将也,画:ツジトモ

「GIANT KILLING」7巻,作:綱本将也,画:ツジトモ,モーニングKC,講談社です。
前巻でのごたごたが一応収まって、チームとしてまた少しまとまりが出てきたETU。
この巻では、首位を走っているという、“大阪ガンナーズ”との試合の途中までが描かれています。


これまでに無いくらい、監督,選手ともにこの大阪ガンナーズのことが作中で描かれていますね。 なんとその選手構成はFWが4人というもの。 個々の選手もそれぞれ個性的で、そのキャラクターも結構描かれています。
しかし、一番個性的なのは、ダルファー監督と、通訳ソノダさんの掛け合いでしょうか、、特にソノダさん、個性的すぎます・・・・。(試合で劣勢になったときの掛け合いも見てみたいところ)


今のところ前半の終わりごろまでのところだと思いますが、2失点を喫してしまったETU。
この巻で、達海監督は、練習段階から選手にプランを指示し、そのための練習をやってきたようですが、まだそれを出してはいないと思われ、それは次巻のお楽しみというところかと思います。


勝手な予想としては、後半ジーノを活躍させるために、今いろいろ布石を打っているのでは?と思っているのですが??どうでしょう??

まあ展開的には、この作品のタイトルがGIANT KILLINGですし、勝たないまでも、互角の勝負に持ち込むくらいは持っていくのではないかなぁーーーと思っています。


まあ次巻で、ぜひ“おお!!”とうならせてくれるような展開になることを期待しつつ、次を待ちたいと思います。
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2008年10月21日

本>時代・歴史 「孤島物語」 作:白石一郎

「孤島物語」,作:白石一郎,新潮文庫です。
各地の様々な島を舞台にした、7編の小編を集めた作品集。
古本屋で、目に付いて買ったので、古い作品なのかどうか良く分かっていませんが、この作家さんの作品は初めて読みました。
個々の作品間の関連は、物語の舞台が、島である、または島に大きく関連するという以外は特にありませんが、島という地理的、地勢的要因がお話し全体に大きく影響しているという点では共通したものが感じられます。


最初、背表紙の紹介文では、人情譚ということであったのですが、そういう感じではなく、むしろ島という環境ゆえに人生に起こる様々な運、不運を含めた人々の生きる様をそのままに描いたという感じで、まあ人情譚といえるものもありましたが、どちらかといえば悲しみを感じる作品がむしろ多かったように私には思えました。

どの作品も、特別な悪人が出るわけでもなく、また特別な善人がいるわけでもない。
人生の中で起きたある出来事に対して、親身になってあげようとしますがそれも過剰なものではなく出来る範囲でやれることをやっている,また悲運に見舞われた場合も特別陥れられたというより、めぐり合わせの悪さというある種のどうしようもなさを感じるというところ。


一番、印象に残っているのが八丈島に流された武将宇喜田秀家を題材にした“鳥も通わぬ”でしょうか。 宇喜田秀家を描いてはいますが、むしろ本来描きたかったのは、その次男の乳母となった阿井の悲運ではないかと思います。 乳母となったとき、その次男と同じ年の生まれの自らの子供と別れ、乳母となり、秀家が流されるとき、その供に選ばれてしまったゆえに自らの子とは生き別れになってしまう。 その時代の主従の関係からどうしてもそれに逆らえない女性の悲しさが描かれています。(そして主の側の身勝手さも感じる作品)

特別強烈な何かを感じるというわけでもないのですが、どの作品もそれなりにいい感じで全体に秀作の作品集という感じです。 ここのところ、ちょっと本を読むのが停滞していたという感じで、本の感想を書くのは久しぶりです。 まあ、またぽつぽつと読み始めているので、ぼちぼちと書いていけるかなぁと思っています。
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2008年10月14日

アート> 「女性画家たちの大阪−美人画と前衛の20世紀−」 大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室

地下鉄 心斎橋駅近くにある、大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室で開催中(9/20〜10/28)の「女性画家たちの大阪−美人画と前衛の20世紀−」を見てきました。
大阪で活躍された、女性画家の作品を集めたもの、展示の構成としては、最初の展示室には戦前の作家さん、奥の展示室には戦後の作品という感じで展示されていました。

大雑把な感想を書くと、私は、へんてこな作品が好きなので、やはり奥の戦後の作品が良かったです。 戦前のところでいいなぁと思ったのは、桜井悦さんの油彩ぐらいでしょうか。
戦後作品のコーナーでは、具体のほうからは、白髪冨士子さん、山崎つる子さん、田中敦子さんの作品が良かったです。 特に白髪さんの作品は、和紙をちぎった素材感が面白く画面全体で茫洋とした大きさがあり一番気持ちが惹かれました。
そのほかでは、木下佳通代さんの油彩、ドローイングのような感じで面白かったです。


10月一杯が前期で、それ以降が後期と展示替えがあるようです。もう一回行くかどうかは微妙ですが、割引券もらったので、行ってもいいかなぁ〜とは思っています。
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2008年10月13日

アート> 「dualpoints」 京都芸術センター

阪急 烏丸駅近くにある、京都芸術センターで開催中の「dualpoints」を見てきました。 9/13〜10/13の開催です。
映像機器、PC等を活用した映像,音楽の表現など、メディアテクノロジーを利用した表現をされている、高木正勝さん、softpadというグループの作品が展示されていました。

ギャラリー南では、高木正勝さんの映像&インスタレーションという感じの作品。
ギャラリー北では、softpadさんの音楽+映像インスタレーションという作品でした。


高木正勝さんの作品は、展示室内の奥に大きなスクリーンがあり、映像が流れていて、音楽も流れていて、スクリーンの周りには、白い布がうねりつつ波うつ感じで天井から流れ、床に広がっていて、この辺りはインスタレーション的。
流れている映像は、若い女性の表情がチラッと見えるというのが繰り返し流され、時に穏やかに笑っていて、時に悲しみをたたえた表情で、そして老いて死を予感させる乾いた表情ありという繰り返しの映像とか、女性が最初は人の形で、段々流れ崩れていく感じとか、
まあ、そんな映像が流れていました。
Softpadさんの作品は、部屋の中央に置かれたテーブルの上、天井に2台のプロジェクターが設置されていて、そこからの画像がテーブルの上に投射されている。 テーブルの上には、数個のグラスとそこに絡んでいるコンパクトのヘッドフォンとそのケーブル。


正直な感想を書きますと、どうもいま一つというところです。
高木正勝さんの作品は、映像に相当に手間がかかっていて、緻密な表現だなぁとは思いました。 生と老いと死という辺り、その辺の不確定な辺りとか不安とか言いたいのかなぁ?
とは思いました。 でも何となく頭でそう連想しただけで、映像もきれいではありましたが、気持ちに響くものではありませんでした。
Softpadさんの作品は、より静謐で、まあ、投射されている映像に手間隙がかかっていることは理解できました。 しかし、あんまり面白いとは思えず、唯一いいかもと思ったのが、テーブル上に置かれている、ヘッドフォンのケーブルの影が細くシャープで、そこは面白かったです。 でも、なんか言いたいのでしょうが、ちっともわからないし、そもそも映像が面白くないので、何も感じることが出来ず、なんとも不可解なまま部屋を出ました。
最新の技術、機材、プログラムなど技巧を凝らそうが、私にとっては、面白いと感じられなければ、それまでなのだなぁーーーと、申し訳ないですが、そう思いました。


むしろ、可笑し味を感じたのが、今日、会場であるこの京都芸術センター(ここは元小学校の建物)のグラウンドで、運動会が開かれていて、ギャラリーの中にいても、外の歓声とかアナウンスの声とかが、聞こえてくるのですね。 本来静謐な空間での鑑賞を前提にしているような両作品の場所に、そういったハプニング的な意外な要素が絡んできていて、こんなこともあるんだなぁ・・と,でも、こういうこともまた面白いなあ〜〜と,むしろそのことが印象に残っています。
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2008年10月12日

アート> 「森本和美 作品展」 信濃橋画廊

地下鉄 本町駅近くにある、信濃橋画廊で開催中(10/6〜10/11)の「森本和美 作品展」を見てきました。
信濃橋画廊の地下の大きい展示室です。


今回のこの方の作品は、キャンパス地の上に全部にでは無いですがもっと網目だけの感じの布が貼り付けてあって、その上にいつもの布を押し付けた感じの模様がついているという感じになっていました。

キャンパス地の上から張ってある細かい網状の布は、張ってあるところ無い所があって、それが画面全体の構成、画面全体の流れを作る一つの要素になっていて、これはなかなかいい使い方だと思いました。


今回、布の押し付けのほうで使われている色は青、それも深い藍色といった感じで落ち着いた印象。 私の好きな系統の青で、これも良かったなぁと思えた一因です。

今回、特に良かったと思えた作品は、入り口入った時に真正面に見える壁に展示してあった3枚の大作のうち右に展示されていた2枚が、模様の流れ、色、画面の流れなど非常にすばらしくとても良いと思いました。 特に一番右の1枚は、青も一色ではなく、微妙に変化させて少し明るい色を使っているところがまたいい感じでした。

少し前の、フェルトが地に使われていた作品と比べると私としては今回のほうが個人的には好みだなぁと思いました。 今回のほうが、シャープな感じがするし、画面の構成としても緊張感のある、流れを感じるいい画面になっていたと思います。

次も是非見たいと思っています。 今の感じでまた更にいい具合に変化してくれたらなぁなどと思っている今日この頃です。
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2008年10月08日

本>SF 「宇宙飛行士ピルクス物語」上下巻 作:スタニスワフ・レム

「宇宙飛行士ピルクス物語」,上下巻,作:スタニスワフ・レム,ハヤカワ文庫SFです。
ほぼ、一ヶ月くらい前に本屋さんに並んでいるのを見て、“レムの新刊だ!”と迷わず手を出した作品です。 文庫の帯によると、「ハヤカワ文庫の100冊フェア」の中の作品のようで、今回が初文庫化とのことです。

作品全体の構成としては、宇宙飛行士として生きた、主人公ピルクスの若い訓練生時代,ベテランの船長時代などの様々なエピソードを描いている連作短編集の形式となっています。

帯や裏表紙の文言などからすると、最初はもう少し軽みを感じる作風かと思って読み始めたのですが、それはいい意味で裏切らました。 私個人としては非常にすばらしい作品であると思います。 しばらくぶりに“これを読めて本当によかった”と思えた作品です。


この作品は、主人公ピルクスが遭遇する様々な事件を基本的には、起こる事件とその謎解きの形式をとっているものが多いのですが、非常にシリアスな設定、文体です。 また確かにユーモアも感じますが、気持ちが緩む感じのユーモアというよりも、どちらかというと皮肉に唇が歪むような、冷笑的なユーモアであるように思います。

この連作集を読んで、私が特に感じたのが、この作品は、一つには、人間というものの(特にその精神の)不合理さをはっきりと読む側に感じさせているように思いました。
特に、この作中に登場する、幾つかのロボットたち(作中ではオートマトンと呼ばれている存在)の行動を追うことで、特に動作や判断力に異常をきたしたと思われるそれらの行動を描くことで、人間自身の持つ不合理、不条理さを浮き彫りにしているように私には思えました。(“狩り”や“事故”で特にそう思いました)

別に私は、不合理な部分を持っているから人間はダメだとかは、毛頭思いません。 周りに迷惑をかけない範囲でなら、衝動的に、不合理に行動したりしても全く問題ないと思うからです。それにそうでないと人間面白くないと思います。
もちろん、全てにおいて衝動のままに行動していては、基本的な社会自体が成り立たないので、兼ね合いや、落とし所を、その時々で判断しないといけないとも思います。


もう一つは、技術製品というものに対して盲信することの愚かしさというところでしょうか? 物語の多くで、“完全だ”といわれていたはずのシステム、装置などが、問題を起こす所が描かれています。 私も一応技術の関係に絡んでいる人間なので、人間の作ったものに“完全”などありえないことは十分理解しています。 想定外の事態は常に起きますし、人間が作ったものというのは、テストした範囲でしか信用できないものです。(そして完全なテストというものはそれこそ無理な話です) それも、想定外の状況が起こればそれまでですし、人間的なミスや見落とし、考え落ちなどによって問題が起こる可能性は常にあるのです。 

読んでいて色んなことを考えさせられました。 また私が感じた以外のことを強く感じるという方もいらっしゃると思います。 読んでいて、ドキドキ,ワクワクというのとは程遠い文体で、むしろ重くて読み進みにくい作品と思いますが、各編を読み終わった後、じんわり、じっくり、そして深く気持ちに効いてくる作品と思います。
ぜひ一読をお薦めしたい作品です。
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2008年10月05日

アート> 「具体から現代−今井祝雄展」 LADSギャラリー

JR福島駅から歩いて少しの所にあるLADSギャラリーで開催中の「具体から現代−今井祝雄展」を見てきました。 9/30〜10/9の開催です。

今回は、この作家さんの具体時代に制作されたという、「白のセレモニー」シリーズの作品と、新作の「記憶の陰影」シリーズを同時に展示しようというもの。
それに加えて、<分身の術>系統の作品として、制作された福助の作品が展示されていました。 この作品は、20体で一つの作品とも言える作品で、バラケて人手に渡った作品たちを今回一同に集めて再度展示されています。


「白のセレモニー」,「記憶の陰影」は、見た感じの白のマチエールの感じは良く似ています。つや消しのしっとりした落ち着いた白で、この表面の感じは個人的に非常に好みでした。 (何となくロダンの石膏の作品なんかを思い出してしまいました)

記憶の陰影シリーズは、日常のありふれたもの、大量生産されていて別に手作りの一品とかで無い誰でも手に入るもの、そういった物を木枠の中に置いて、上から薄い布(薄い綿布だそうです)をかぶせて、木枠に張ると、中に入れた物の形に盛り上がるといった造形になります。 入れた物の形状によって、一部だけ盛り上がったり、輪郭だけ盛り上がったり、ポイントだけ突き出していたりと、その入れた物の形状によって、その盛り上がり方は色々です。

まず見た目としては、色としては白一色で、その盛り上がり具合と、そこから来る光があったときに出来る影の具合が面白い所です。
また、見たときに、明らかに中に入っているものが推測できるものがある一方、何がはいっているの??という不思議さがあり、そこに惹かれるという作品もありました。
個人的には、何が入っているか分からない作品のほうが、単純に模様として楽しめる感じで好みだなぁと思いました。


ただ、作家さんが画廊におられて少しお話しをさせていただけたのですが、どの作品の中の物の推測がつくか?またはつかないか?は、人それぞれで違うのだそうです。
そういう意味だと、私が中の物の推測がつかなかった作品というのは、あくまで“私にとって”判らなかった作品ということになります。 でも、中の物の推測がつかなくてもいい,−単純に、盛り上がり具合、影の具合、木枠の四角とのバランスなど、それらを模様として楽しんだ−という私のような人間もいるでしょうし、中の物の推測がついて、そこからまた新たな連想が働いて、そういったところを楽しんだという方もきっといらっしゃるだろうと思いました。(または推測がつかないからこそ連想が働いたとかもあるかもしれません)

どちらが好みか?または両方OKか?というのは、鑑賞する側,個々人の好みなのだろうなぁと思いました。


シンプルで、要素が少なくて、それでいい感じという個人的に好みの作風で、足を運んで非常に良かった展覧会でした。
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2008年10月03日

本>園芸 「日陰でよかった! ポール・スミザーのシェードガーデン」 著:ポール・スミザー,日乃詩歩子

「日陰でよかった! ポール・スミザーのシェードガーデン」,著:ポール・スミザー,日乃詩歩子,宝島社です。
これは、園芸の本で、通常我々がイメージしがちな、日の光の中あでやかに、華やかに咲く花というような植物ではなく、日陰でもよく育つ、むしろ日陰でこそその魅力が際立つというタイプの植物たちと、その魅力を紹介した本です。

私は、園芸とかには全く疎く、日常的に花や観葉植物を愛でているという人間では全く無いのですが、この本の表紙の写真がとてもよくて、タイトルの面白さも手伝ってつい衝動買いに近い感じで買ってしまいました。

ですが、その内容はなかなか面白く、花をというよりもむしろ葉の面白さ、姿全体の面白さに注目して紹介しているという点で非常に面白い一冊でした。
“日陰”とひとことに言っても色々あって、木陰、半日陰等日の当たり方の違い、水分の多い少ないで、ずいぶんと育つ植物の種類も違い、同じ植物でもその生育度合いや、花がつくかどうかに違いがあるなど、正直これまで意識したことも無いところを色々解説してくれているので、園芸に興味がなくともなかなか楽しめると思います。


しかし、この本の一番の魅力は、その豊富なカラー写真とその美しさにあると思います。
正直文を読んでいるのも面白かったですが、写真がとてもいいのです。 色々な葉の形状の植物たちを実に魅力的に捉えてあって、光の具合もすばらしく、私は園芸の本というより、ほとんど写真集としてこの本を楽しんだようなものです。

特にいいなぁと感じたのが、イネ科の植物,ギボウシという種類の一連の写真,シダ植物の葉とその構成の美しさに大いに惹かれるものがありました。
(別に植える庭なんて持ってもいないくせに、園芸店を探してみようか?なんてふと思ったりするくらい)


園芸書としては、育てたり、増やしたりといった技巧的な点は、あまり詳しくなく、そういう点では、入門書では無いような気がします。 植物、園芸の基本的な知識は持っている方向けのような気がします。

しかし、その写真の魅力だけでも手にしてみる価値は十分にある一冊と思います。
時々手にとって眺めてみるような気がする一冊でした。
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2008年10月01日

マンガ> 「竹光侍」5巻 作:松本大洋,永福一成

「竹光侍」,5巻,作:松本大洋、永福一成(原作),ビックスピリッツコミックススペシャル、小学館です。
松本大洋さんが描く時代劇の第5巻。


前巻の最後、牢内で生きていることが描かれた、木久地真之介。 平穏にすごそうと思いつつも、そうはならないと(または出来ないと)意識し、日常を生きる宗一郎。 宗一郎を見張る森佐々太郎たち信濃の国、多岐家の侍たち。

この巻では、それぞれの関わり、関係が少しずつ変わりつつ,木久地が牢から逃れたことにより、一気に緊張が高まるという辺りまでが描かれています。
かつての雇い主であるはずの、江戸の多岐家の侍たちにも牙を向け始めた木久地。
宗一郎は? 江戸の多岐家の侍たちは? 国表の家老たちの思惑と次の行動は? と、次の展開への伏線が多く張られている状態でこの巻は終了しています。


話しは、ゆっくりと各登場人物の、描写がされているという内容で、展開もゆっくりしていますが、こういうじっくり描く感じもなかなか良いと思っています。
下手に次の予測とかを自分なりに考えても、すぐ外れてしまうので、あまり考えず、この巻の余韻に浸っておいて、次巻を待っていようと思っています。


この巻は、登場人物たちが、過去を思い出したりするときの内面の描写のシーンが非常にいい感じであったなぁと印象に残っています。 フラッシュバックのようであったり、叙情的に思いをはせるようであったり。 それぞれにいい描写であったと思います。


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