2008年11月27日

本>文芸 「輝ける闇」 作:開高健

「輝ける闇」,作:開高健,新潮文庫です。
ベトナム戦争を取材した体験から、同じくベトナムに取材に来ている日本人記者を主人公として、ベトナム戦争というだけでなく、その混沌とした社会状態をも、更に一人の人間の内面の葛藤と変化を描こうとしているように思える作品。

この作品を読む前に、すでにこの方のベトナム戦争のルポタージュである、「ベトナム戦記」,
「サイゴンの十字架」,を読んでいたので、この作品内でも語られたり描写として出てくるものは、結構すでに読んでいたものが多いので、その辺については、それほど新鮮味のあるところはありませんでした。(知識としてはという意味ですが)


しかし、ルポタージュと違う、小説としてのお話としての面白さは当然あり、そこは、楽しめたと思います。
特に、作中である種、アメリカの考え方の一典型として引き合いに出される、マーク・トウェインの「アーサー王宮廷のヤンキー」の内容が興味深く、一度読んでみたいという気分になっています。


この作中でも、ベトナムの混沌としたさまは、さまざまに描かれていますが、ベトナム人の描写で気持ちに残っているのは、反政府側のベトナム人が公開処刑されるときに、ベトナム人の少女がまるで単なるイベントを見るように、何の悲しみも、嫌悪もなく、死刑というものを楽しんでみていたという辺りが印象に残っていて、ベトナム人の中でもその意識の差はあまりに多様で、これもまた複雑怪奇すぎるものであったのかもしれません。

一つの作品として、お話として、そこまでいいか?といわれると正直そんなにいいとは思えなかったのですが、先に同じ作家さんの同じテーマのルポタージュ作品2つを読んでしまったせいも大きいと思います。 これを一番最初に読んでいればもっと違った感想になったような気がしています。 お話としては、決して悪くない作品と思います。



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2008年11月25日

マンガ> 「とりぱん」6巻 作:とりのなん子

とりのなん子作,の「とりぱん」6巻,講談社,ワイドKCモーニングです。
東北在住の作者によるコミカル自然観察マンガの第6巻。
もうこの作品6巻目なんですねーーー。 いつの間にやらという感じで、そして、その分こっちは年をとっていっているということですね・・・・。


この巻で面白かったのは、鳥や自然観察ネタよりも、雪国の寒さ、雪に関するネタで、特に降雪時の車の運転のネタが面白かったです。
大阪では、ほとんど積雪ということが無いので、私は、全くといっていいくらい雪道/凍結路面を走ったことが無いので実感は無いのですが、降雪時、凍結時の走行の苦労とか、登りの坂道の途中で止まらざるを得ない場合、まっすぐ止めるのではなく、斜面に対し車を斜めにして止める等、その状況に合わせた経験で色々な知恵があるのだなぁと感心しました。 (私がいきなり冬の東北に車で行ったとしたら、まず間違いなく事故を起こして、JAFか警察のお世話になってしまいそうだと思いました。)


その他、屋根の雪も温度、状況でいろいろな形状を示すところも紹介されていて、この辺りは、やはり実際に住んでいる方でないと描けないところだなぁとこれも面白かったです。

後は、近所の魚屋さんで、クリオネが観賞用として売られていたというネタでしょうか?
あれも、最近全くメディアで見ないですよね〜〜〜〜。 ブームが去るとまあ何でもこんなものでしょうが・・・。 あれが肉食で捕食のシーンがニュースで流れていて、結構獰猛な印象で、正直興ざめした記憶があります。(CMのイメージを勝手に鵜呑みにした私が悪いのですけどね。。。)


最初この作品を知ったときは、数巻くらいで飽きが来るかな〜〜〜と思っていたのを思い出しましたが、この巻も十分に楽しめています。 色々なネタを展開してくれるので、次も楽しみに待っていようと思っています。
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2008年11月23日

マンガ> 「GIANT KILLING」8巻 作:綱本将也,画:ツジトモ

「GIANT KILLING」8巻,作:綱本将也,画:ツジトモ,モーニングKC,講談社です。
この巻は前巻からの続き、“大阪ガンナーズ”との試合の前半が終わってハーフタイム、そして後半の途中までが描かれています。
発売が早かったですね、7巻の発売から1ヵ月後の発売です。


7巻を読んでの感想としては、この8巻で達海監督がこのゲームで仕掛けたプランの全貌が見えて、7,8巻でこのゲームが描ききられるのかと思っていましたが、この巻で描かれていたのは、後半途中まで、残り20分というところまででした。

前半で2点を先行されて、ハーフタイムで立て直して、後半1点を返したETU。 前半精度の無いパスを出していたと見せかけた(ほんまかな?という気も半分)ジーノのパスに走らされた相手守備的MFの平賀選手が椿選手のスタミナとスピードについていけなくなったのが、1点返せた大きな要因のようですが、その他にも相手チームのキーマンと達海が考えた窪田選手が途中交代というところで、これからは選手交代も含めたベンチワークもこの試合の趨勢を決める要因となりそうな感じで次巻に続いています。
(ジーノの調子が悪いと見せかけて、後半活躍させるのかと思っていたのですが、そう単純でもなさそうな展開です)


この巻で意外であったのが、FW夏木選手が変に悩んでしまい、判断が遅くなって、攻撃のリズムが狂ってしまったという辺りの描写。 この選手は、そういった悩みは持たないキャラ設定で、仮に持っていたとしても、あんまり個々の選手のディテールを追求していてはお話全体の流れが悪くなるような気がするので、裏で悩んでいたとしてもこういった性格描写は描かれない気がしていました。 でもまあ、この1巻の中で解決したみたいなので、そんなに引っ張らないエピソードかも知れませんが・・・・。

巻末の予告編調の部分を見ると、この試合は、次巻で終了しそうです。 ダルファー/達海,どちらの策が当たるのか?外れるのか? まあ次を読んでのお楽しみだと思うので、楽しみに待っていようというところです。でも早めに発売してほしい・・・。


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2008年11月17日

アート> 「アール・ブリュット −パリ,abcdコレクションより−」 滋賀県立近代美術館

JR瀬田駅からバスで文化ゾーン前まで、そこから歩いて5分ほどの所にある、滋賀県立近代美術館で開催中の「アール・ブリュット −パリ,abcdコレクションより−」を見てきました。 10/25〜11/30の開催です。

この展覧会は、フランスの非営利財団abcdの所蔵品の作品、約130点が展示されています。
一つ前の記事で書いた、「飛行する記憶」と同じ日に、一緒に見てきたもの。 同時期に、アウトサイダー・アートの展覧会が、そんなに離れていないこの2箇所で開催されていたので、一緒に見てきました。
アール・ブリュットもアウトサイダー・アートも言葉は違いますが、概念的には、まあ一緒と思っていて、いいと思います。 正規の美術教育を受けていない人々の作品という点では同じかと思いますので、、、

今回、過去見たことのある作家さん、見たことのない作家さんと色々見られて、なかなか良かったと思います。 特に今回は、立体の作品が結構展示されていて、その辺り数を見られたのは特に良かったと思っています。


印象に残っている作品は、数が多いので、書き出すときりがない感じなのですが、幾つかを書いてみますと、
抽象的といっていい表現では、ジョージア・ホートンさんの紙にガッシュの作品。細い線でぐりぐりと描かれている描写なのすが、不思議と惹かれた表現でした。 貝ガラを組み合わせて顔を作り上げた、パスカル・メゾンヌーヴさんの立体作品。 作家不詳の木の棒のこぶ等をうまく生かして人体のような造形となっている細長い作品。 特に顔の部分が、顔のようにも見方によっては女陰のようにも見える作品で、不思議な迫力がありました。 ヤンコ・ドムシッチさんの平面作品も神話的か呪術的ともいえるような独特な表現。
 

と、色々いい作品が見られました。 しかし、全体としてちょっと思ったことが一つあります。 今回は主に西洋の作家さんの作品が展示されていたのですが、どうも、その表現が、日本の作家さんの表現と比べると、より内面の病的であったり、もっとどぎつい表現をとれば狂的ともいえる部分が、ストレートに表現に現れているような気がしてしまいました。

個人的には、あまり好みではなかったのですが、アレクサンドル・パブロヴィッチ・ロバノフさんの作品とかは、銃や銃を持った兵隊さんがたくさん出てきますし、ヘンリー・ダーガーさんの作品では、少女が戦っているのか?抑圧される象徴ということなのか?首を絞められているところとか描かれていますし。
暴力を示したり、暗示していたり、性的なものというものも、結構赤裸々に描かれている作品がありました。

日本のアウトサイダー・アートの作品では、作家さんの内面としては、同じくそういうものがあったとしても、作品に表れる表現としては、もっと穏やかなものになっている気がします。(単に私がそういう作品を目にしていないだけというほうが、もちろん可能性は高いのですが・・)

これは、完全に1個人の憶測として書くのですが、日本のアウトサイダー・アートの作家さんって、多くは、どこかの作業所とか、アトリエとかで、描いていて、そこで見出された作家さんであることが多いように思います。 もしかしたら、そういう環境がそういった表現を抑えている可能性は無いのだろうか?
とかいう事を、ちょっと考えてしまいました。


だからいいとか悪いとか、そういったことではないのですが、とりまく環境とか、社会的な事とかに、なにかしら違いがあるかも?と考えました。

とはいえ、私はいいと感じた作品は、なんにせよ好きなので、あまり深く考え込んでいるわけではありません。


アウトサイダー・アートの展覧会がどこかであれば、またせっせと足を運ぶだろうと思います。 ちなみにこの美術館も、ちょっと交通アクセスは遠いのですが、周りは公園になっていて今は紅葉が始まっていてとてもきれいでした。 ちょっと遠出するのには、秋という季節が一番だと思います。(一番好きな季節です)
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2008年11月16日

アート> 「飛行する記憶」 ボーダーレス・ミュージアムNO-MA/旧吉田邸

JR近江八幡駅からバスで大杉町バス停まで、そこから徒歩5分の所にある、ボーダーレス・ミュージアムNO-MAで開催中の「飛行する記憶」を見てきました。
10/4〜12/7の開催。 このボーダーレス・ミュージアムNO-MAとそこから歩いて5-6分くらいの旧吉田邸の2会場での開催です。


この展覧会は、その表現に共通点がある作家さんを2人一組で作品を展示してあるもの。
そんなにたくさんでないので、一覧で書いてみますと、
 ・鈴木治と舛次崇(カタチの記憶)
 ・木下晋と吉澤健(時間の記憶)
 ・植田正治と三橋精樹(記憶の光景)
 ・日比野克彦と佐久田祐一と高橋和彦(浮遊する記憶)
といった感じ。 片やアウトサイダーアートの作家さん、片やそうでない方という組み合わせになっています。 なんかこういう書き方をすると、作家さんをカテゴリ分けして線引きするようで、あんまり良い書き方では無い気がするのですけれど、まあ説明のための記述だとしてご勘弁ください。(他にどう書いていいかわからないので・・・文章力が無くてすいません・・・)


まず、作品として印象に残っているのが、 鈴木治さんと舛次崇さん。 舛次崇さんは、前から好きな作家さんで、平面作品,シンプルで力強いフォルム、タッチ、シルエットで今回も非常に良かったです。
鈴木治さんは陶のオブジェで、赤色でこちらもシンプルですが、どっしりとした力強いフォルムとボリュームでこちらもとてもいい作品でした。 鈴木さんのほうがより有機的な感じを受けました。


植田正治さんの写真の作品。 白黒で、昔の日本の風景を切り取ったような作品ですが、気持ちに残っているのは、気持ちの一番底のほうが引っかかれるような、どこか気持ちが波立つような気分が残っているからだと思います。 切り取っている光景自体は、旧き良き日本の風景といったところなのですが、気持ちがほのぼのするような感じではなかったのです。 うまく説明できませんがそんなところでした。

木下晋さんと吉澤健さんも作り出す過程は当然異なるでしょうが、結果としてはとても似た表現になっていてその辺りを見られたのも面白かったです。 木下さんの鉛筆での具象画ではなく、同時に展示されていた手帳へのびっしりとした文字の書き込みと、吉澤健さんの作品です。

今回で、このボーダーレス・ミュージアムNO-MAに足を運んだのは2回目です。 ちょっと時間はかかりますが、今回の展覧会も良かったので足を運んでよかった展覧会です。 チラシとか会場に色々あったのですが、この展覧会以降もまた面白そうなのをやってくれそうなので、また行ってみようと思っています。
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2008年11月12日

アート> 「廣瀬紀明展 −「宙」−」 海岸通りギャラリーCASO

地下鉄 大阪港駅が最寄り駅の、海岸通ギャラリーCASOで開催中(11/4〜11/16)の「廣瀬紀明展 −「宙」−」を見てきました。
何回か見させていただいている、作家さんの最新の個展です。 過去2回この作家さんの個展の記事を書いています。

この方の基本の作風は、抽象平面、画面の感じは、繊維状の物がほどけたような感じで画面に模様があって、その解け具合が密であったり疎であったりという感じで、画面に動きが感じられるという作風。

今回変化が見られて、それがとてもよかったなぁというところがありました。 それは、繊維状の模様奥の、バックの表現なのですが、これまでは、ほぼフラットに色が置かれていることが多かったと記憶しているのですが、今回はそこににじみの要素が入って同系色ながら色の変化も見られて、それが、前面に感じる繊維状の模様の効果とあわせて、非常に奥行きを感じる、深みのある画面になっていて、私としては、今回の表現は非常によかったなぁと感じました。


茫洋とした感じに奥行きを感じる作品もあり、まるでらせん状に奥に入り込んでいくような感じの画面とかもあり、これまでにない変化を感じました。

色的には、緑系が主で後は青系と、寒色系の作品でしたが、どの作品もいい感じでした。


また、個々の画面を見ていると作家さんがいろいろ工夫されているのが感じられてそのあたりも見ていると勉強になるなぁという感想でした。
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2008年11月07日

本>エッセイ 「マンボウ阪神狂時代」 作:北杜夫

「マンボウ阪神狂時代」,作:北杜夫,新潮文庫です。
この作家さん、北杜夫さんは、名前はもちろん知っていました。どくとるマンボウのシリーズとか有名ですし。。 しかし今回読んだこの作品が初めてです。

少し前に、スタニスワフ・レムさんの「宇宙飛行士ピルクス物語」を読んだのですが、その読了後、ちょっと新しい作品を読む気分が減衰してしまって(作品が重かったというのもありますがそれ以上にめちゃめちゃ良かったので)、しばらく空白期間が出来ていました。 まあ、またボチボチと読み始めているのですけど、これはそんな時に気楽に読めるそうなものをと思って手を出したエッセイ作品。

これは、4年前に最初の刊行がされて、文庫化されたのが2006年のようです。
阪神を応援して半世紀という作家さんが、阪神への思い、応援するあまり仕事も手につかなくなったり、試合を見ていればここぞという場面ではテレビの前から“念を送って”みたり、一投,一打に一喜一憂、時に狂喜乱舞したりという、好きであるが故の悲喜こもごもな心情を飾らず綴っているなかなか面白いエッセイでした。

今でこそ、阪神は、優勝争いに常に食い込んでいくようなチームになっていますが、ずっとそうであったわけではなく長い低迷の時期もあったわけで、(私などは未だにそっちのイメージのほうが強いです)、それでもこの作家さんは半世紀もずっと応援しつづけてこられたわけです。 人間というものは、何かの“ファン”になってしまうと、理屈関係なしに応援してしまうもので、仮に表面上けなしていたとしても、心の奥底ではやっぱり好きでしょうがないというジレンマがあるもので、誠に厄介な心理状態であると思います。


この作家さんも、応援するがゆえに苦しみ、念を送っては疲れ果て、ゲンをかついで同じ服を着続けたり、自分が見ると負けるからあえて試合は見ないとか、とにかくその入れ込みようは大変なものです。 読んだ人間は、誰しも、どこかしらこの作家さんの行動、心理に自分のどこかが重なるのを感じるのではないでしょうか??

私は、元々あまり野球には興味が薄く、大阪在住なので、やはり阪神、オリックス(昔なら近鉄、もっと昔なら阪急ブレーブスあたり)とかが勝ってくれるとやはりうれしいですが、そこまで特定の球団に入れ込むという心理にはなれていません。 しかし、阪神ファンかそうで無いかは関係無しに、何かの“ファン”となったときの共通の思いというものを、何かしら共感できるという点で、誰が読んでもそれなりに楽しめる作品では無いかと思います。


ただ、阪神の歴史を振り返るような所では、昔の選手の名前が大量に出てくるので、その辺りは、私にはちんぷんかんぷんな部分もありました。 そこはさすがに阪神に(または野球全般に)詳しい人で無いとついていけなさそうです。 まあ私は上記のようにファンゆえの楽しみ苦しみの描写というものを楽しめた口なので、個人的にはそこはあまり気になりませんでした。
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2008年11月05日

アート> gallerism2008「画廊の視点」 大阪府立現代美術センター

大阪府立現代美術センターで開催中のgallerism2008「画廊の視点」を見てきました、11/3〜11/15の開催です。
この企画は、京阪神の現代美術画廊が各々一人の作家を選んでその作品を展示するというもの。
今年は、
アートスペース虹/新道牧人
天野画廊/磯崎真理子
楓ギャラリー/ 佐野暁
ガレリア・セロ/ウィ・アトリエ/香山洋一
ギャラリーAO/於保政昭
ギャルリOU/マイケル・J・ミグリアーチ
Gallery OUT of PLACE/山本昌男
ギャラリー白/増田敏也
Gallery H.O.T/山岡敏明
アートスポットギャラリーマーヤ/ハセガワアキコ
ギャラリーマキファインアート/ルイス・ジャミス
GALLERY wks./Negative/牛島光太郎
CUBIC GALLERY/柚口康二
信濃橋画廊/片口直樹
番画廊/坂本真澄
アンコール展示:寺田真由美
といった感じです。


全体的な印象から言いますと、展示作品が小さめのものが多かったことも関係しているのでしょうか? どうもググっと印象に残っているものがあまりなく、印象がうすいかんじだなぁというのが正直な所でした。

そんな中で面白かったのは、片口直樹さんの作品。 この方は、かなり大きい画面に人の顔を大きくアップで描く平面作品なのですが、全体として写真がぼやけたような、揺らぎがあるような描写をされていますが、真っ直ぐこちらを見返している視線が印象的でした。

山岡敏明さんは展示空間内に柱状に四角に空間を壁で仕切り、壁と壁の隙間から中をのぞくという展示になっていて、中には黒い正方形の座布団の真中がちょっと有機的に膨らんでいるという物体がのぞけます。 なかなかいい感じだったのですが、この方の作品のイメージからすると、壁の隙間からのぞくと全体ではなく一部だけが見えて、全体像は想像するという感じのほうが、より良いと感じたのではないかなぁ??と思いました。


もう一つ思ったのが、ほとんどの作家さんの作品が、やはりなんらかのかたちで具象表現や具体的な何かを描いていたりして、作品に取り込んでおられるなぁということでした。
作家さんの制作意図や表現の目的をきちんと感じ取れるかどうかは別にして、とにかく何かが描いてあるということは見て判断できるというものが多かったように思います。
どうにもこうにもつかみ所が無い、なんじゃこれ?!というものは無かったですね。


だから作品が悪いというわけでは全く無いのですが、個人的には、何らかの驚き(それは感嘆でもいいし逆に痛みを感じたり不愉快だったりしてもいいのです)を感じたいと思う方なので、その点では物足りない感じではありました。
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2008年11月03日

アート> 「上月ひとみテンペラ画展 はな・むし・そら」 アートスペース海月文庫

地下鉄 西中島南方駅から歩いて7〜8分。 アートスペース海月文庫で開催中(11/1〜11/6)の「上月ひとみテンペラ画展 はな・むし・そら」を見てきました。

この方の作風は、画材としてはテンペラ画を使われていて、画題は、タイトルどおり、花(どちらかというとひっそり咲いている感じの花)、果物やそれに止まっている虫、空、山を描いた風景画で、表現としては写実的に近い表現で小品が多く展示されていました。

感想から行くと、非常にいい感じでした。 大体においてへんてこな絵が好みな私としては、こういった傾向の作品だとさっと見て、こんな感じか〜とスルーしてしまうことが多いのですが、この方の作品は非常に良かったです。

テンペラという技法の表現がそういう感じになるのかもしれませんが、水彩のように薄くにじむわけではなくて、個々の表現線とかはくっきりしています、しかしアクリルや油彩のようなつやつや感がある、または厚く塗られて、強いマチエールで存在感が強調されているわけでもなく、薄塗りで、落ち着いた発色で、静謐な世界観をかもし出しながらしかし、しっかりと描かれていて、しっかり存在している感じがして、非常に良かったです。
(岩絵の具のつや消しの感じともまた違うのです。)


個人的な感触から行くと“しっとりしている”という印象。 こんな表現をとっても何のことか分からないだろうなーとは思うのですが、どうにも形容しようとするとこの言葉が浮かんできてしまいます。(しっかりした表現ですが、とても柔らかい感触を持った表現)

特に私がいいなあぁと思ったのが、葉の色が深い緑の色で奥行きが感じられて、吸い込まれるような感じのが2枚あって、これが一番好きでした。
一枚は豆の花をかいたもの、一枚は、よく分かりませんでしたが、何となくどくだみの花に似ている気がしました。


他の作品も非常に良かったのですが、とにかく一番惹かれたのはこの2枚でした。

展示空間全体としても、じーっと、ボーっと頭を空っぽにしてぼんやり座っていたいような気分にさせてくれる、とてもいい空間になっていたと思います。
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2008年11月02日

アート> 「工藤政秀展」 不二画廊

地下鉄 堺筋本町駅近くにある、不二画廊で開催(10/27〜11/8)の「工藤政秀展」を見てきました。

この方の作品は、その表現したい所は意味のある、言葉で表現できる何かであるかと思います。 またかなり省略の方向にデフォルメもされているので、はっきり形が見える画面にはなっていませんが、やはり何か具体的なものを連想できるような形が画面の中に感じられます。 そういう意味では、抽象というより、かなりデフォルメされた表現の具象画というところでは無いかなぁ?と思いました。

特徴的なのは、縦や横に勢い良く、結構鋭く線が何本も描かれていて、それが画面全体の動き勢いを大きく、激しく感じさせるものにしています。
展示作品のうち、大作の2枚は、その勢いのある横線がありつつも、全体としては、タイトルのイメージを感じさせる構成の複雑さを持っていました。 しかし小品になると、横への筆遣いのみが要素として存在するという画面になっていて、ここまでくるとほぼ抽象といってもいいくらいの画面でした。


個人的には、小品よりかは大作2枚がやはり印象に残っています。 勢いのある筆遣いでやはり結構強い印象の画面になっていたと思います。 しかし、個人的な好みからいくと、少しやりすぎていて、画面がうるさく感じられる部分もありました。 これは作家さんの個性なので、別にいい悪いではないのでけれど、もう少し、横の線が薄くかかっているとか、下地との色の差が少ないとか、もう少し派手さが抑えてあったほうが、個人的にはより好みと感じたのではないかなぁ??と思いました。
posted by 大阪下町オヤジ at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アートなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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