2009年01月31日

マンガ> 「毎月父さん」第3集 作:ヒラマツ・ミノル

「−最強ロマン派− 毎月父さん」第3集,作:ヒラマツ・ミノル,ビッグコミックス,小学館です。 この巻で最終巻でした。

しかし、ちょっと終わり方が唐突というか強引に終わらせたなぁという気がしています。
(打ち切りなのか?と思ったくらい・・・・・)
この作品の面白さは、不条理なほどに、ぶっ飛んだ馬鹿馬鹿しさ、無意味さが、笑えるポイントであると思っていて、この巻もその味は変わってはいないのですが、1,2集と比べてどうもいまひとつ笑いきれないという感想でした。


各エピソードのつながりがあんまり無いと思っていたら、最後の2話で強引に終わらせてしまったと言う感じで、いきなりこれまで一言も出てこなかった総一郎という兄が回想だけながら出てきたり、ゴルビーとの対決もいま一つ,何より最もインパクトのあったあのSSKの謎のオーナーは??!と、色々消化不良な気分です。

まあ、だらだらと続くよりかはましだとは思いますが、最初の期待が大きかっただけに、もう少し上手く終わらせてほしかったなぁというのが正直な感想です。


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2009年01月27日

本>エッセイ・ノンフィクション? 「沖縄オバァ烈伝」

「沖縄オバァ烈伝」,沖縄オバァ研究会,双葉文庫です。
沖縄では、おばあさんとは呼ばず、親しみと尊敬を込めて”オバァ”と呼ぶそうです。
私は、この呼び方は、NHKのドラマ「ちゅらさん」で聞いたのが初めてであったような気がします。 この本は、そのオバァたちの、元気に満ち溢れ、時にハタ迷惑でもあり、しかしどこか憎めないという様々なエピソードを紹介してくれているエッセイ&ノンフィクションという感じの作品。


ちょっと観点がずれた独特の発言とかがあっても、”いやそんなものなのかも??”と妙に納得して相手を認めてしまうような魅力を、この作品を書かれているライターの方は多かれ少なかれ皆さんオバァ達に対して持たれているように思います。

まあ、もし私が、実際にこのオバァ達と接したとして、このような親しみを持った感情を持てるかどうか?は分からないだろうなぁとも思いました。 こういった良かれ悪しかれ独特の癖がある場合、この作品のライターさん達の様にそれを愛すべきものとして感じられれば、とてもいいのですが、もし逆に感情的に受け付けない方に行ってしまうと、悪い所ばかり印象に残ってしまい、”厚かましい”とか”常識外れだ”とか思ってネガティブな印象ばかりが残るかもしれません。

一回二回なら笑って済ませられるしても、毎日のことであったら果たしてどうか?という問題もあるでしょうしね・・・

ただ、文章を読んでいる限りは、私は、オバァたちの独特の論法や感性が面白いとは思いました。
もし、実際にこのエッセイに出てくるような場面に遭遇したときに、唖然としたり、びっくりしたりしたとしても、その後、からりと(又はにやりとでも)笑えたとしたら、なんだかそれは、とてもいい光景のような気がしています。


また、この作品中には、沖縄の言葉の豆知識や、市場、お店の情報など、色々沖縄の情報が紹介されていて、雑学情報としてもなかなか読んでいて面白い作品でいした。
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2009年01月24日

マンガ> 「GIANT KILLING」9巻 作:綱本将也,画:ツジトモ

「GIANT KILLING」9巻,作:綱本将也,画:ツジトモ,モーニングKC,講談社です。
この巻は前巻からの続き、“大阪ガンナーズ”との試合の決着と、どうやら次の課題というあたりで終了しています。
今回の発売も、早めでしたね、前巻の発売から2ヶ月で発売されています。


この試合は、相手守備的MFの平賀選手を走らせて疲れさせることで、中盤の支配権を握ろうとする策がはまった形で、最終的には、強豪といわれるチームに勝つという結末になっています。
 ただ単純に相手チームのキーマンを疲れさせるというだけでなく、これまで相手監督がそのキーマンを一度も途中交代させていないという実績を見て、疲れが見えてもそう簡単には交代させないだろうと読み、交代させるか?させないか?と相手監督が悩んでいる時間帯がETUのチャンスなのだと判断した・・・というあたり、お話としても一ひねりしてあります。(こう上手く行くことって、そうそう無いような気がしますが・・・)


その後、椿選手の過去を、取材記者が調べた形で追憶していたりしいて、個人の成長を描くという辺りでは、やはりこの選手が一番掘り下げられそうです。 予告漫画では、ちょっとキャプテンマーク巻いているコマがあったりして、なんだか更にプレッシャーかかっていそうですが・・・・

次巻では、どうやら、ベストメンバーが揃わない時どうするかという、長いシーズンを戦うときにどのチームも直面する問題が描かれそうです。

しかし、この巻の表紙絵を最初に見たとき、この巻が最終巻なのか??と思わず思ってしまいました。 これまでとは異なる、ひどく静かな表現になっていて、まあこれからも続いてくれるようなのでよかったですが、、、 この巻の内容から行けば、いつもの元気いっぱいの表紙絵のほうが似合っていたような気もします。。。 次は何時でしょうね?? やっぱり早めの発売を期待したいですね〜〜〜。

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2009年01月23日

本>戯曲 「リチャード三世」 作:シェークスピア

「リチャード三世」,作:シェークスピア,岩波文庫です。
なんとなく名前を聞いたことはある作品。 もちろん作者のシェークスピアという名前は聞いたことはあります。 しかし・・・「ロミオとジュリエット」とか、”生きるべきか死ぬべきか”という台詞くらいしか、考えてみれば知らない状態です。

ではなぜこれに手を出してみたかといいますと、偶然BookOffで”本日に限り文庫1冊200円”というセールをやっていたのです。 こういう”失敗してもいいか〜〜”と思えるチャンスがないと、なかなか見知らぬ分野/作家さんの作品には手を出しにくいので、チャンスとばかり手を出してみました。(このほかにも何冊か、まず普段は買わないような作品を買ってみています)

中世のイングランドで、同族間の陰惨で血みどろの争いが行われてきた中、あらゆる手段を用いて王の座をつかもうとし、つかんだと同時に失墜したグロスタ公リチャード(リチャード三世)を描いた戯曲。

この作品は、貴族の同族同士の権力闘争の争いを描いていて、主人公のグロスタ公リチャードは、まあ一際冷酷な人物として描かれていますが、出てくる登場人物のほとんどは、みな大同小異で、みな我欲が第一で、互いにだましあい殺し合いという感じで、正直どの人物にも共感できるものではありませんでした。

この物語は、簡単に言ってしまえば、因果応報とか、盛者必衰、程度の言葉で片付けられるように思います。 むしろこれらの人々の言動を読むことで、自らの反省材料を見出すという点で有用という作品ではないでしょうか???


グロスタ公リチャードも、悪謀は回る人物ですが、結局は誰も信じることが出来ず、片腕のはずであった人物にも王になった早々に去られてしまっています。
誰も信じないというのは、ある意味正しいのですが、この人物のまずいのは、自身の猜疑心ゆえに約束したことを反故にしてしまうため、結局協力していてくれた人物の信を失ってしまっていることで、その結果昨日までの見方が敵になってしまっているのです。
自らの権力体制を維持したいなら、欲でつってもいいから、様々な人物を自分に協力させる必要があるはずなのですが、王になったとたんに、その地位だけで自分が何をしてもいいと思い込んだのか、一気に支持を失ってしまいます。


私は、お芝居を見たことが無いので、実際に役者さんが演じられる舞台を見たならば、またこれとは違った感想が出てくるかもしれないのですが、とりあえず文章を読んだ現時点では、こんなところという感想でした。
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2009年01月20日

アート> 「濱田庄司展」 大阪市立東洋陶磁美術館

地下鉄淀屋橋駅から歩いて5分ほどのところにある、大阪市立東洋陶磁美術館で開催中の「濱田庄司展」−堀尾幹雄コレクション−を見てきました。 1/10〜3/22の開催です。

非常に有名な民藝の陶芸の作家さん。 私は民藝系の陶器は結構好きで、今回もかなり楽しめました。 少し前、万博公園の日本民藝館でたしかこの方の展覧会やっていたはずなのですが、結局行かずじまいで、今回見られてとても良かったです。

色々な表現の作品がありましたが、私が今回印象に残っているのは、指で描写した感じの模様がある”指描”の表現の作品。 大皿もありましたが、私は、壷の作品が良かったです。
他にも私が好きなのは、かけ流しの模様の作品で、今回見たのもとても良かったです。
(もっとたくさん良かったのがあったのですが、ちょっと作品名まで覚えてないので、あまり書けません。。すいません)


今回、この方が使用されていたという、道具類も展示されていました。 いかにも陶芸専門という感じの道具もありましたが、市販の包丁(ぺティナイフくらい)なども展示されていて、こういうのも使われていたというのを知ることができたのもまた良かったです。
(制作の小道具って、結局個々人の独自のもの、自作のものとかになったりするので、私はそういう所を見るのはとても好きです。)


この美術館の常設展示で、中国や、韓国の陶磁器も展示されていたのですが、この方の作風の(まあ民藝風の)感じと比べると、やはりフォルムにしても、模様の描き方にしても、基本的には”整っている”作品が多いですね、それだけにちょっと取り澄ましているようにも思える感じ・・・。 よく言われることと思うのですが、不規則であったり、歪みであったり、いびつさであったり、ちょっとずれた感じというのを面白いと思う,またはそこが面白いと思う感覚というのは、日本に多いのでしょうか?。。。(さすがに日本の専売特許ということは、制作でも鑑賞でもありえないだろうと思うのですが・・・、傾向としては強いとか??)
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2009年01月18日

アート> 「風景展」 アートスペース海月文庫

地下鉄 西中島南方駅から歩いて7〜8分。 アートスペース海月文庫で開催中の「風景展」を見てきました。 1/17〜1/23の開催です。

”風景”というキーワードで作品を集めたグループ展です。
通常イメージする風景画といったものから、風景は入っていても、表現したいものは別にあるのでは?と思った作品もあり、表現としては色々という感じでした。


印象に残っているのは、作家さんの名前は忘れましたが、18才の風景画というタイトルの油彩画,表現としては通常の風景画でした、印象に残っているのは、色使いで、ほぼ黒に近いこげ茶色から黄土色、白の色の変化、ウェットオンウェットの色の混ざり具合意が、なんだか久しぶりに見た気がして、また私の好きな感じに描かれていたので非常に良かったです。

もう一つが、堀尾貞治さんの”四角のこと”,小さなスケッチブックに1ページに1枚、写真が貼ってあるのですが、その全てが、街角のなかで見つけた、四角いものを写しています。
単純に窓、壁、看板というものではなく、工事や、何かの作業中などでなんとなくできた四角い部分を見つけて切り取ってきています。 あまり着眼されない、見落とされがちなこういったモノたちを見つけ、切り取れる感覚というものがとてもうらやましく思えた作品でした。
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2009年01月16日

本>エッセイ 「周作塾」 作:遠藤周作

「周作塾」−読んでもタメにならないエッセイ−,作:遠藤周作,講談社文庫です。
遠藤周作さんが、ペントハウスという雑誌に連載したコラムをまとめた作品。
連載されたのが、1984年から87年と約20年前なので、内容的には、やや時代を感じるものが多いように思いましたが、読みようによってはそれなりに楽しめる内容であるように思いました。(どちらかというと若い男性向けの内容が多いように思います。)


色々なことが書かれているわけですが、私が、なかなかいいと思ったのが、最初のエッセイで、”名前を二つ三つ持とう”というもの。
人は、当然まず親が付けてくれた名前を持っているわけですが、それが嫌だったり、昔はすきでも今は嫌とか、自分にそぐわないと感じたり、名前のイメージを自分で作ってしまい、自分自身がそれに縛られるということもある。。。 だから、今の自分自身にこう名乗りたい(こうありたい)という名前を付けることで、気持ちが自由に、楽に、生きられたとしたらそれはそれでいいではないかという主張。 結構なるほどなぁと共感するものがありました。


文章の作家さんなら、ペンネームがありますし、美術の作家さんでも本名とは別にアーティストとしての名乗りをされる方もいます。 遠藤周作さんは、 狐狸庵山人という号をつけて、それで遠藤周作とは異なる味わいの活動を違和感無く出来たといわれています。

このエッセイが書かれたときは、インターネットは一般には普及していなかったので、そこまでイメージされてはいなかったでしょうが、今、インターネットにおける匿名の書き込みで使われるハンドルネームやアバターなどは、正にこれに近くて、自分が名乗ってみたい、またはこうありたいという名乗りを自身に付与することが出来るものと考えることが出来るように思います。(そのメリット、デメリットは別としてそういう効果もあるかと・・)

さて、そこで自分を振り返ってみると・・ このブログは”大阪下町オヤジ”という名乗りで書き込ませてもらっているわけですが、どうにもひねりが無いというか、ぶっちゃけ過ぎたネーミングで、どうにもセンスというものに欠けるな〜と思ってしまいます。
(しかし、正岡子規が主張したという写生の観点から言えば、正に私自身をシンプルにあらわしてはいないか??とちょっと我田引水的に自分を慰めてもいます。 大阪下町・メタボ・オヤジならもっと写生だ・・・・)
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2009年01月14日

アート> 「新国誠一の《具体詩》 詩と美術のあいだに」 国立国際美術館

地下鉄肥後橋駅から徒歩しばらくの所にある、国立国際美術館で開催中の「新国誠一の《具体詩》 詩と美術のあいだに」を見てきました。 この美術館のB2Fで開催中です。 12/6〜3/22の開催です。
一つ前の記事、「アヴァンギャルド・チャイナ −<中国当代美術>二十年−」を見た時に一緒に見てきた展覧会。 こちらもなかなかいい作品が見られてとても良かったです。


この方の作品は、白地の平面の上に黒で文字が印刷してある作品。 ただ、文章が書いてあるというわけではなく、文字というものをある種それ単体で何かしらの意味がある記号として使っていて、その文字がランダムであったり、整然と並んで至りという配列や構成の妙で、一つの画面として、詩的でもあり、全体で何らかの意味合いを持たせているという感じの作品。

一つ一つの文字は、基本的にはフォントのようなきれいに印字された感じで、書道のように
文字の崩しで、文字の持つ意味合いを強調するという表現ではなく、静謐に、整然と構成された中で、じわーっと見る側に何かを感じさせるような作品になっています。


これまで見たことの無い表現であったので、見ることが出来て非常に良かったです。
具体詩ということの意味合いわ、未だによく分かってはいないのですが、一つの表現手法としてとてもいい表現と思いました。 文字、詩、そして全体での印象という意味で。
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2009年01月13日

アート> 「アヴァンギャルド・チャイナ −<中国当代美術>二十年−」 国立国際美術館

地下鉄肥後橋駅から徒歩しばらくの所にある、国立国際美術館で開催中の「アヴァンギャルド・チャイナ −<中国当代美術>二十年−」を見てきました。 この美術館のB3Fで開催中です。 12/9〜3/22の開催です。

この20年の中国現代美術の流れを追っていこうとする展覧会のようです。 中国の現代美術の展覧会を一番昔に見たのが、今は無くなった、キリンプラザ大阪で見た、「不易流行」という展覧会が始めてであったように記憶しています。 本棚を見返してみたら、そのときのカタログがあったので見てみたのですが、その開催年が1997年でした。 (ほぼ一回り昔ということになりますね。)

その時に見て、記憶が残っていて、前に見たわーーという作家さんもおられれば、新たに見た作家さんもありと、なかなか楽しませてもらえた展覧会でした。

この展覧会、中国の社会体制や人の気持ち、社会の風潮への問題点とかを見つめているかのような作品が多く、そのほとんどは具象的な表現でした。 はっきり抽象と言える作品は、
ディン・イーさんの平面作品くらいであったように思います。


一番気持ちが惹かれて、印象に残っているのが、”ジャン・ペイリーさん”のビデオ作品。割れたガラスをひたすらに修復していく様子や、体の一箇所をただ掻いている部分をアップで写している作品などで、意味のない(と思われる)行為を行い続けるさまをただひたすらに流し続けていく所に、今我々が行っている”意味がある”と思っている様々な行為や判断、又は我々が持っている”あたりまえ”に対する鋭い疑問符になっている気がします。 激しい表現でも、派手な表現でもありませんが、非常に気持ちに引っかかってきて、静かに,深く,グギギギ・・・という感じで気持ちに来て、忘れがたい作品です。

家族や血族といった問題に終点を当てているように思える”ジャン・シャオガン”さんの平面作品もどこか、いびつさを感じさせる人物像でなかなかい面白い感じでした。

前にも見たことがある作家さんで改めて印象深かったのが”ワン・グァイバーさん”,”ジャン・ホアンさん”,”マ・リウミンさん”あたり。 特に改めてみていいなぁと思ったのが、”ジャン・ホアンさん”の”池の水位を上げる”というビデオ作品。
これもある意味,無意味に思える行為を写していると言えるのですが、それに対してどう考えるの?という問いかけか、、 でもやらないと。。という作家さんのメッセージなのか?? 非常に生真面目に,真正面から,見る側に問いかけている作品であるような気がしました。


ちょっとえげつないほどに誇張されている作品もあって、好みではない作品もあるにはありましたが、全体から言えば、なかなかいい展覧会であったように思います。 足を運んでよかった展覧会。
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2009年01月12日

アート> 「シェル美術賞展 2008」 京都市美術館別館

「シェル美術賞展 2008」を見てきました。 もう終了してしまいましたが、1/11まででした。
京都市美術館別館で開催されていました。
現代美術の公募展としては、かなり有名なものですし、どんなものかなぁと思い行って見ました。


京都市美術館別館の2Fでの開催でした。 全体の印象としては、その表現は描き込んでいる作品、あっさりとした表現と、個々の作家さんで色々でしたが、ほとんどの作品がなんらか具象のテイストを持っている,どちらかといえば具象表現といっていいというものであったように思います。 ほぼ模様の作品であっても、自画像というタイトルであったりして、ここの模様自体がなんらか具象的な何かを想起させるようなものであったりして、そう感じました。
(本当に抽象表現と感じたのは、井上貴喜さんの作品くらいでは?と思いました。)


印象に残っているのは、上記の井上貴喜さんの作品、基本の構成は、細い横ストライプで様々な色が重層的に塗られています(しかし実際の塗りは厚塗りという表現ではなく非常にフラットに感じる表面)が、一本の横ストライプの中もさまざまな色が存在していて、非常に細かい構成。 微妙に垣間見える手塗りの後とそれにかぶさっているストライプの塗りの鮮やかさ、フラットさが印象的な作品。

もう一つは、シンプルで、モノクロームに近いくらいの大きな模様の構成の、渡邊順子さんの作品。 この方は、どこか有機的で、やはり具体的なテイストをどこか持っているようには思いましたが、画面全体の構成がとてもいい感じでした。


しかし、見に行った日の京都は寒かったです。 特に風がきつかったですねーーー。
真夏の暑さも、展覧会を見に行くのに、ひーひー言ってしまいますが、こう寒いと出歩くのが億劫になりますね。。。。 これはこれで大変。。。
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2009年01月08日

本>文芸 「深い河」 作:遠藤周作

「深い河」,作:遠藤周作,講談社文庫です。
登場人物それぞれの理由と何らかの答えを求めて、インドへのツアーに参加し、ガンジス河に向かう人々。 それぞれの内面が語られつつ、人生のままならなさを感じさせる作品。

ある種、人生やこの世の混沌と不条理を象徴するかのように、インドツアーの中で様々なインドの姿が描かれます。 物乞い、ハンセン氏病の人、逆に裕福で優雅な人々(といってもかなりこの小説の中では批判的に描かれていますが・・私は実態を知らないのでなんとも言えません)、ガンジスに死ぬためにやってきて行き倒れる人、インドの人々の業苦を一身に背負ったようなヒンデゥーの女神チャームンダー。

何でも受け入れてくれるかのようなガンジスがあるものの、その一方では首相が暗殺され、宗教同士の対立も激化するような社会情勢もある。


この作家さんらしく、キリスト教の問題も描かれていて、信仰に関して悩める存在の象徴のように描かれる日本人男性も登場しています。 この登場人物は、日本人の土着的感覚と西洋の明確な教義、定義で割り切ろうとするキリスト教に違和感を覚えつつもどうしてもキリスト教から離れることは出来ないでいる・・・

過去読んだ、この作家さんの作品の印象と、この日本人男性と、主要な登場人物の一人、美津子の関係を見ると、この人の悩みを描き出すことが主題なのかな??と思ったりもしたのですが、個人的には、別のことが感想としては一番強いものになっています。


それは、どうも人間、何かに強くこだわってしまうと、生きていくのがしんどくなりそうだなぁと言うことです。 ある程度忘れられないと、非常に気持ちがつらくなってしまう。
この作品の中に出てくる登場人物の悩み、こだわりは、それぞれ非常に深刻なもので、どれもがそんな簡単に割り切ったり、忘れたり出来るようなものではないものなのですが、登場人物たちの苦悩の様子を読んでいると、そういった、作品に対しては失礼とも言える感想が浮かんできています。

この作品は小説なので、どこまでも妥協無く突っ込んでいくことで、人生の種々の問題点を描いているのでしょうが、現実、人生を行き続けなければならない凡人の解としては、どこかで妥協点を、それが甘えであったり卑怯であったりしても、そうせざるを得ないような気がしています。 (これも混沌としたインドが舞台であったせいかもしれません。)


この作家さんの作品を過去何冊かすでに読んでいるので、ちょっと描き方とか、登場人物の性格とかが、どうも過去作品の何かとかぶさって、ちょっと読み進みにくい感じが最初はあったのですが、一冊を読み通して見ると、この作品はこの作品でやはり独自の味で、なかなか良かった一冊でした。
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2009年01月06日

本>文芸 「乳房」 作:伊集院静

「乳房」,作:伊集院静,文春文庫です。
日常の中、又は生きていく中で起こる様々な出来事と人の気持ちの揺らぎを静かに描いている作品を集めた短編集。 表題作の「乳房」含め、5つの作品が収録されています。

人の哀歓を静かに描いているという点では、結構私の好きな傾向の作品のように思えたのですが、なぜかどれも深い印象に残るものではなく、ひどく薄っぺらな、表面だけの”まあ良かったかな?”くらいで終わってしまって、自分でも意外な読後感です。

”桃の宵橋”が、やるせなさという点で、一番気持ちに残っている気がしますが、それ以外はどうも現実感が希薄な感じなのです。


なんでかなぁ??と多少振り返ってみたのですが、もしかしたら、登場人物たちが、現実味を帯びた存在として感じられないせいかもしれないと思っています。
登場人物たちの背景や生活の泥臭い部分があまり描かれず、生身の人間が描かれているというより、おしゃれなドラマの登場人物でも画面越しに見ているような感じに思えてしまった気がします。。。。。


私は藤沢周平作品とかとても好きなので、こういった内容の作品は決して嫌いではないはずなのですが・・・ これが文体や作風の違いということなのでしょうか? まあそういった違いもあるのかなぁ??と思った作品でした。 決して悪い作品ではないと思うのですが、個人的には合わなかったようです。
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2009年01月04日

マンガ> 「それでも町は廻っている」5巻 作:石黒正数

「それでも町は廻っている」5巻,作:石黒正数,ヤングキングコミックス,少年画報社です。
主人公の女子高生、嵐山歩鳥の日々の出来事をやんわりほんわか描いているコメディ作品。
これが発売されたのは、去年の年末だったのですが、なんとなく書くのが遅れました。。


4巻を読んで、もしかしたらこの作品、似たような話の繰り返しになって、新鮮味が感じられなくなるかなぁ?と思ってこの5巻を買ってみましたが、意外とそんなことは無かったですね。 今回各キャラクターのことが少し掘り下げて描かれていたり、先への展開も気になるエピソードなどもあったりして、全体として結構良かったと思います。

で、いつもなら、このエピソードが良かったですとまた適当に感想を書くところなのですが、今回特筆して書くほどの印象のエピソードが無いのですよねーーー。 まあ、今先輩がらみのエピソードが良かったかなぁと言うところでしょうか? でも全体としては決して悪い印象ではありません。

この調子でいくならば、それほど大きな変化も次巻で出てくるとは思えませんが、次が出たら一応は買うだろうなぁと言う感想です。
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2009年01月03日

本>民俗学 「差別の民俗学」 作:赤松啓介

「差別の民俗学」,作:赤松啓介,ちくま学芸文庫,筑摩書房です。
日本の社会において、これまで(そして今も続く)差別、差別意識はどのようなものがあり、どのような意識構造のなかで作られてきたのかを様々に著述されています。

これを読んで、正直に驚いたのは、差別の種類の多さです。 無知をさらけ出すようで申し訳ないところですが、実際そこまで?と思うほど、様々なレッテル付け、本人と直接関係ないと思われることでも場合によっては執拗に遡り調べられその結果差別を受けてしまう実態。

こんなことを書いていると、私自身は、さも自分は差別を受ける状態では無い様に思っているようにとられるかも知れませんが、ある日突然、”あなたは××ですね”と自分がこれまで意識したことが無いことで突如レッテルがつけられて差別を受ける・・・ 現実、何時そういう目にあっても不思議ではないと思いました。 誰もがそうなってもおかしくないくらい、様々なことで、日本の社会は誰かを、何かを差別してきたようです。 正直、漠然とした不安に取り付かれています。


この著者は、柳田国男さんの唱えた常民という概念にひどく反発されているようで、更に、差別の実態に対してあまりに認識が低い、周りの社会にも非常に苛立ちを感じておられるようです。(私もそういう無知/無認識な人間の一人だと思います) そのためか文章が結構攻撃的で、最初は、もうちょっと冷静に書いて欲しいなぁとか思いました。 でもいいことがいっぱい書いてあります。

これを読んで、我々が反省して、これから気をつけないといけないと思うのは、少なくともこれ以上新しい差別のレッテルを作らないことだと思います。(著者の言葉を借りるとスジをこれ以上作らない) 差別が歴史的な昔からのものだけかというとそんなことは無くて、共産党を支持したら”アカ”といわれたりと、我々の社会は、何か変わったことをやろうとする度に、そのやった人に対して新しいレッテル付けをしてその人だけではなく、その家族、類縁の人々まで差別してきたようなのです。

それってものすごく非寛容な社会ですよね、個人的には、嫉妬心や過度の不安感といったものからそういうものを極度に恐れ、それにより差別し、差別することで自分が優越感に浸るといったことが悪く循環してしまうとそういうことになるのではないか??と思います。
(もしかしたら貧乏もその一因かも?と思います。自分の生存が脅かされないと思えば、少しは寛容になれるかも??と思ったりするのですが???)


文章が、先にも書きましたが結構攻撃的なので、そこがとっつきにくい作品かもしれませんが、トータルでみれば、一読して損は無い一冊であったかと思っています。
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2009年01月02日

本>ハウツー物? 「完全版 自給自足の本」 作:ジョン・シーモア

新年明けましておめでとうございます。
このブログを始めて3回目の正月になりますが、今年の最初のネタを何にしようかと休みに入ってから考えましたが、ちょっと変わった本でもと思い、これにしてみました。


「完全版 自給自足の本」,作:ジョン・シーモア,文化出版局です。
タイトルどおり、自給自足の生活をしようとすると、どんなことをやらないといけないか?
考えないといけないか?をかなり広範囲に渡って、本格的に紹介している本です。
写真はありませんが、なかなか味のある、分かりやすいイラストが多数載っていて、眺めているだけでも結構面白い本です。


何でまたこういった本を購入してみたかといいますと、別に急にスローライフに目覚めたわけでも、エコな生活を求めたくなったわけでも何でも無いのです。 が、最近思うことの一つとして、生活を防衛する手段の一つとしてこういうことも知ってないといけないかなぁ??と思ったりしたのです。(自給自足とまではいかなくても、食物を自分で作って自分に供給できる技術を持っていると、ちょっと安心できる気がしません??)

この本の作者は、ヨーロッパの方なので、この本はヨーロッパで自給自足の生活をするならば?の内容になっています。 その為、土地の活用にしてもいきなり1000坪の活用から載っているなど、小さな庭で家庭菜園といったものとは規模が違いますが、自給自足という生活にはどれくらいの種類の技能が、知識が必要かと言うことを知ることが出来る内容になっています。

なんといっても最初が開墾、そして畜産、動物の解体、そして野菜等農産物の栽培、それだけでなく、木工、陶器制作などの生活用品の生産の技能なども紹介されています。 これだけ広範囲に紹介されているのってちょっとあまり無いような気がします。
(確かに生活って単純に食物を生産するというだけではないですよね、結構目から鱗でした)


もちろんこれを読めば完全に自給自足生活が実践できるというものではないのは確かです。
 著述が広範囲であるだけに、個々のパートの記述がそこまで詳細になされているわけではないので、実際にどれか一つでもやってみるとしたら、一つ一つの作業で、各々自分なりのノウハウを身につけていくということになるのだと思います。(特に畜産なんて相当本格的に取り組まないと出来ないですよね)


しかし、雑学的でもいいので、ちょっと一読してみるだけでもなかなか面白い本です。 お値段3000円とちょっとお高いですが、結構お勧めの本ではないかなぁ??と思っています。 ご興味のある方は是非・・・。
posted by 大阪下町オヤジ at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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