2009年04月30日

マンガ> 「この世界の片隅に」下巻 作:こうの史代

「この世界の片隅に」下巻,作:こうの史代,アクションコミックス,双葉社です。
この巻で完結です。 太平洋戦争末期の広島・呉,そこに嫁いだ、かなりのんびりな女性主人公“すず”の日常を描きながら戦争末期の困窮、物資不足、制約が増す社会、等々、本当にその時代の一庶民の生活が地に足の着いた形で描かれています。

この巻も日常生活の細かいディテールが描かれると同時に、通常描かれるような大局的な判断の様な、その時代全体を俯瞰したような見方が、如何に庶民にとっては縁遠いものであるかがはっきりと感じられます。 それだけにこういう作品が非常に貴重に思えた読後感です。

戦争はますます不利になってきて、毎日空襲警報に振り回される,すずの家族も含めた庶民達。 戦況は回復するわけでもなく、すずも片手を爆撃で失い、気持ちが一時的にバランスを崩しそうにもなる・・。 そして、広島への原爆の投下と敗戦,そしてそれでも人々は生き続けるというところで物語は終わっています。

よくニュースや太平洋戦争を振り返るドキュメンタリーで見る、天皇の敗戦の宣言にしても、庶民の感覚からすると、ラジオの音声が不明確であることも手伝ってか、なんだか明確な意思の宣言というより、なんとなく、結局負けたのか・・・という印象でしかなかったこと。 結局は誰かの思惑にただ振り回されただけであったのかという庶民の虚しい気持ちが伝わります。 その後のすずの心の中の叫び、”暴力で従わせていたから暴力に屈するのか”という言葉が、結局末端の庶民の正直な実感ではなかったか?と思いました。

私は今までも何度か同じようなことを書いていると思うのですが、国でも、会社でも、宗教でも、何であっても、組織のために個人が犠牲になるというのは基本的には良くないことだと思っています。(もちろん程度問題です・・・) 今ならマーケットに振り回されるというもの含むような気がします・・・・
そして戦争というのは、組織のためにその構成員の命を奪う、そして相手の構成員の個人の命も奪ってしまう。 だから基本的に良くないことと思います。


私がこの作品に非常に惹かれているところは、”人は生き続ける”というところが感じ取れるからであると思います。 通常、歴史のエポックというか、劇的な部分を扱った作品などは、その劇的な時期が終わった後の事まではあまり描かれてはいません。 しかし人間というのは、不幸でも幸運でも、何かドラマチックなことというのはそう長い期間のことではなく、それ以外の部分は、ごく日常を人々は生きていくものなのだろうと思います。そしてその期間の方が遥かに長いのです。
ささやかな楽しみ、ささやかな思いやり、愛情、そういったものに安らぎを見い出せるからこそ生き続けていける。 それが維持されること、それこそが本当に必要なことであると私には思えます。
 

理想のために、何かのために、ということはかっこいいし、ある意味美でもある、しかしその為に誰かの何かを踏みにじってしまうとしたら?それはどうなのだろう??と思います。個人個人が勝手なことを言って、勝手なことをしていられること(もちろん程度問題です・・)、、そのほうが、まだましな状況ではないのか? とやっぱりそう思うのです。 何かに無理やり従わせないと維持できないような社会よりか遥かにましです。

どうも最近は、”生き続ける”というところに私は惹かれていることが多いような気がします。 藤沢周平さんの”漆の実のみのる国”とか”風の果て”とか、井伏先鱒二さんの”黒い雨”とか、、そういった感じを受ける作品が気持ちに残っています。 そういったことこそ尊重すべきではないかという気分が自分の中に強くなっていると、改めて感じた作品でした。

とにかく一読の価値はある作品であると思います。 結構お勧めの作品です。 
posted by 大阪下町オヤジ at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガの雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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