2009年10月05日

アート> 「ウィリアム・ケントリッジ−歩きながら歴史を考える」 京都国立近代美術館

京都の岡崎公園にある、京都国立近代美術館で開催中の展覧会 「ウィリアム・ケントリッジ−歩きながら歴史を考える」を見てきました。 9/4〜10/18の開催です。

この ウィリアム・ケントリッジさんという作家さんは初めて聞いたし、作品を見たのも初めてだったのですが、ものすごく良かったです。 本当に行って良かった!
今年、色々いい作品、展覧会を見ましたが、その中でもトップクラスに良かった作品,展覧会でした。


この方の作品は、主に映像作品で、ドローイングや実写の映像、影絵のような絵が少しづつ変化しつつ動いていくアニメーションと言える様な作品です。
ドローイングは、木炭や絵の具など色々使われているのですが、個人的にとても好みだったのが、手描きのタッチそのままで使われていて、木炭で言えばその粉、木炭紙の手触りまで感じられるような画面、映像であったこと。 こういった手の仕事や、ある種触覚のような感覚が伝わるようなものというのは、個人的に非常に好きなので、まずそこに惹かれました。


作品の内容としては、最初実写として現われたはしごが、画面が進むうちに木炭のドローイング表現とすりかわって崩れてしまうとか、どこまでが虚で、どこまでが実か?または何が虚で何が実か?といったところが一つ描かれているように私には感じられました。
個人としての虚実もそうですが、現在の社会の価値観や制度、組織などについても同じく問いかけているように思えました。


もう一つは、この方が、南アフリカの作家さんであることもあるのかもしれませんが、抑圧や制約の多い社会での問題、戦争も含めた争いに対して多いに考えさせられる作品が多かったように思います。

私が最も引かれたのは、”ユビュ、真実を暴露する”と”影の行進”の2作品。 同じ投影場所で、連続で流されていたので、2つで一つといった作品かもしれません。
見えているもの、聞こえているものだけが真実なのか?それは、見せられているだけ、聞かされているだけではないのか? そして、暴力や抑圧に対する強烈なメッセージが込められているように思えました。 また映像だけでなく、音楽、音も非常に合っていてすばらしく、最後の歌のフレーズがしばらく頭の中でリピートしていました。


映像作品が主で、作品数が多いのですが、連作といえるものは、大きな会場で同時に投影していたので 複数の作品を平行してみることが出来るので、時間の無いという方でも作品全体のイメージを感じ取ることは出来ると思います。

メッセージ性が高く、何かを感じ、考えさせてくれる、とてもいい作品でした。
映像や絵のきれいさ、アニメーション的な動きという点ではむしろたどたどしいとさえいえる表現なのですが、それであってこそ伝わってくるという作品であったと思えました。
非常にお薦めです、ご興味のある方は是非行って見てください。



posted by 大阪下町オヤジ at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | アートなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。