2008年09月03日

映画> 「いま ここにある風景」

これもドキュメンタリー映画です。 「いま ここにある風景」,第七藝術劇場で見てきました。

これは、カナダの写真家、エドワード・バーティンスキーの活動を追ったドキュメンタリー映画です。 この方は、人間の産業活動によって大きくその風景を変貌させてしまった風景の写真を、世界中で撮り続けているという写真家さん。
映画の中で取り上げられた風景は、ほとんどが中国ですが、他にバングラディシュなどの風景も取り上げられていました。


基本的には、声高に警告めいたメッセージを言葉で流すというわけではありませんが、やはり、我々人間が行ってきて、そして今も行い続けている、過剰な生産,消費,利を追求する活動,我々の持つ欲望とそれを制御できていない我々自身,そういったことに対して疑問符を静かに、しかし明確に投げかけるといった内容になっています。

・汚染とかの危険を考慮されず、手作業でおこなわれるリサイクルの作業。 周りの環境も、作業者自身の健康も危険にさらされかねないのがそれを続ける(続けざるをえない)人々。

・巨大な生産工場,そこには恐ろしいほど多くの人々が働いていて、巨大な生産量を誇る,しかし朝礼の場では、管理者がひたすらに更なる生産の量、品質の向上を求め続ける。

・鉱石や、石炭の採掘場では、その活動によりまさに風景が一変する荒涼とした風景に変貌している。

・中国の巨大ダムの建設,確かに中国の電力を支えることは間違いない、しかしその一方で、立ち退きを余儀なくされた何十万という人々がいる。


といった感じで、見ていて、そして見た後も、結局どうすればいいのか? これがあまり誉められたことではないのは判るし、どうにかならないのか?とも思う。
しかし、その一方で、間違いなく、この巨大な風景の破壊に自分自身がその一端を担っているのも間違いない現実があるので、なんとも自己矛盾に陥る、こうだ!という結論は到底出せないという感想です。

主に取り上げられている風景、人は中国ですが、これは今最も変貌が激しいのがこの国であるというだけで、類似のことは日本でも、その他先進国でも、その他の発展途上国でも、世界中で起きている現象です。


これを見ると改めて、成長とか、発展とかっていったいなんだろう?と思います。 会社にしても去年より更なる利益を求める。 国もGDPとか色んな指標があるにせよ成長しようとする。 何となくそうしないと悪いような気分が我々を支配していますが、これも、結局組織の上のほうの人の欲を満たそうとするがゆえのことなのでは??

更に、もっと遡って考えると、産業という以前、農耕という段階でも、我々は風景を変貌させてきていると思います。 田園風景とか見渡す限りの畑とか、里山とかは、人間が作り上げたもので、それ以前の風景とは異なっていたはずです。 そういって点では、人間がそれなりの数に増えて以降,ずっと人間は風景を変え続けてきたように思います。

そうなると、結局は、人間が利を求めるという欲望を何とかコントロールできないと、根本的には解決できないのか?とか思ったりします。 環境ビジネスとか言う言葉も聞きます、(排出権取引など正にそれですよね)しかし、“ビジネス”で捉えているとどうにもなら無いのではないかと思います。(利というものをある種度外視して活動するという覚悟が無いと変わらないのでは?と思うのです)

なんともまとまりの無い、疑問符を連ねるばかりの感想文になってしまいましたが、とにかく単純に一つの原因、一つの解決策とかを導き出せる問題では無いだけは間違いないと思いました。(その先何も思いつかないのが情けない所ですが・・・)




posted by 大阪下町オヤジ at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画、TV雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月08日

映画> 「靖国」

最近、ニュース等で結構話題にもなっていた映画、「靖国」を見てきました。
このブログ、なんだかんだで2年以上続いているのですけれど、映像作品のことを書くのは、初めてです。 なので、最初に作った カテゴリの一つ“映画、TV雑感”の初投稿ネタになります。

最近の私は、すっかり劇場に映画を見に行くと言うことが少なくなってしまっています。
金銭的にきついと言うのが一番の理由ですが、あんまりエンターテイメントな作風を、最近面白く思えない様になってきており、大きな劇場でのロードショーの作品とかをそんなに強く見たいと思わなくなってきているのも理由の一つのようです。


で、まあドキュメンタリーであること,世間で結構話題になったこと,ということで興味を惹かれて、劇場まで足を運んでみました。

この作品は、概要を書くと、8/15に靖国神社に集まる人々の様子を主に捉えたドキュメンタリー作品と言うことになるかと思います。
作品を見た全体としての感想をまず書いてみますと、特別何かを、または誰かを批判するというほどの物とは思えませんでした。

もちろん一人の監督さんが撮影し、編集し、自分の納得する作品にしたわけですから、全くのノーメッセージとは思いませんでしたが、どちらかと言えば、この作品を見た人間が、一人一人、この内容と靖国にからむ現実について色々考えるきっかけの一つになるいい題材と思いました。 そういう意味では、いいドキュメンタリー作品ではないかと思っています。


その他、作品中で思ったことを、まとまりの無い表現になると思いますが、幾つか書いてみたいと思います。

・まずは、当然ながら、靖国神社には、“靖国的”なことが好きな人が集まってきて、お参りしたり、自分の考えを大声で読み上げたり、出店で酒を飲みつつ語り合ったりと、まあ色んな状景があるわけですが、やはり私には、旧日本軍の軍服を着て行進してみたり、みんなで天皇陛下万歳をいっしょに叫びましょうと呼びかける右翼っぽい格好の人とか、どこの制服かは全然分かりませんでしたが、軍服っぽい服を着て行進してくる7−8人の集団とかを見ると、どうしても奇異に感じますし、どうしてもこれ見よがしで、威圧的に感じて、正直好感は持てませんでした。 どうも、他人に自分の考えを押し付けるイメージを持ってしまったゆえでしょうか???

・また“靖国的”な人々は、もちろん全てでは無いでしょうが、自分の価値観以外の人に対して非常に非寛容な態度を示すように思えました。 靖国をみんなでお参りするようにしましょうという集会に、2人の若い人が反対の横断幕を広げた所をカメラは捉えて、その後の情景もずっと追い続けたのですが、排除の仕方もひどく乱暴でしたし、一人の人は首を絞められていたし(さすがに係員らしき人が止めに入りましたが)、その後も、その式典を見に来ていた、中年の叔父さんが、ただひたすら“中国か!”“中国人か!”と連呼しながらその若者を威圧し、追い出す辺りは、非常に不気味でした。 完全に自分の価値観意外は認めない、それ以外は悪で許されないといった感じで、まあ、原理主義的な判断をされる方のように思えました。 私は、価値観とか常識とかあたり前なことというのは、人の数だけ存在すると思っていて、異なる価値観に対して、受けつけなかったり、理解できないにしても、出来るだけ、非難や攻撃的にはなりたくないです。 まあええがな〜〜という感じで、適当に妥協点を見つけて共存しているほうが良いと思っているので、このシーンはかなり不気味でしたね。

・一番、印象的であったのが、仏教のお坊さんで、お父さんを戦争で亡くされて、お父さんが靖国に祭られているのを、やめて欲しいと運動されている方へのインタビューだったと思います。 靖国側の主張は、誰かを靖国に祭るかそうでないかは靖国が決める、決めた以上は返さないということのようでした。 つまり靖国という組織の判断は、靖国の価値観で持って決めたこと(この場合は、誰かを自分の神社に祭ると決めたこと)は遺族がどう思おうと関係ないという態度のように思えました。 非常に嫌な考え方ですね、個人個人の考えよりも、靖国と言う組織の考えが上であると言う考え方のようですね、他人の考えを尊重するとか、どこかで落とし所を見つけて妥協しようと言う所が全然無いというのは、個人的には、好みで無い考え方です。

・最後に、この作品は、靖国刀と呼ばれる刀(日本刀)が戦中作られて兵士に渡り、戦場でも使われた、そして今でも一人の刀工が作り続けているというところに、結構着目しているようで、刀工のおじいさんへのインタビューも結構時間が割かれていました。
始めは、どうも違和感を感じていたのですが、全体を通してみると、この監督さんは、日本人が戦時中特に、そして今も何となく、日本刀に対して神聖なものと言う気持ち、何か日本人の精神のいい部分を象徴する存在とみなしていることに、非常に違和感を感じておられるのではないかと思いました。

太平洋戦争時代と言う、もはやよほど近接した白兵戦時以外は兵器としては使いようが無いような日本刀と言うものを使い続けたこと、時に捕虜や敵対者の首をはねるために使われたこと。 それは、銃で銃殺するという光景よりもはるかに違和感のあるものとして、この監督さんには感じられたのではないでしょうか?
この監督さんは、中国の方ですが、この方がそう感じたとしたら、おそらく、他の国の方でも、同じ様に感じる可能性は高いでしょう。

そういうことを考えると、私自身、何となく日常で行っていることが、他の人が見たら、異質で、不気味で、理解しがたい、野蛮である、等と思われる可能性も大いにあるなぁとちょっと不安になりました。 別に、何もかも他人の価値基準に合わせる必要はありませんが、そういうこともあると認識しておくことは必要なことと思います。
こういうことを考えるきっかけを与えてくれたと言うだけで、この作品を見た価値はあったと私は考えています。


そんなこんなで、考えてみると、この靖国というものを外国の監督さんが取り上げてくれたということは非常に良かったのではないかと思いました。
日本人なら、何となくあたり前に感じて、流してしまうような所に着目して描いてくれると言うことは、そしてそれを我々が見るというと(見て考えるということ)はとても大事だと思います。
posted by 大阪下町オヤジ at 02:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画、TV雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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