2009年04月13日

マンガ> 「絶対可憐チルドレン」16巻 作:椎名高志

かなり久しぶりの記事になってしまいました、、、そんなつもりは無かったのですが、”今日は、まあいいか”というのがずるずる続いて、結果的には前の記事から約1ヶ月近く間が空いてしまいました。 このところ、あたふたしていたのも確かなのですが、ここまで書かないのは良くないですね。(反省・・です)

「絶対可憐チルドレン」16巻,作:椎名高志,少年サンデーコミックスです。
この作品自体、3/18日発売でした、大概購入してすぐか、数日遅れくらいで書いているのに、これ自体が大幅な遅れ。。。。 まあここから仕切り直しということで、、、、


この巻から、チルドレンが中学生時代に突入しています。 エピソード的には”反抗作戦第一号”,”スクール・デイズ”,”シャドウ・オブ・ザ・チルドレン”の3つと”ファントム・イン・パラダイス”の途中までが収録されています。

中学生ということなので、絵的には当然ながら、チルドレンは身長も伸びて、等身もあがっています。 大人のキャラクターは変わらずですね。


で、読んでの感想なのですが、正直いまひとつ楽しめないままでした。 一つには、中学生編に入って、まだ色々な事が紹介段階にあるからかも知れないのですが、まずは伏線を色々張ってますという所のような気がしました。(特に黒い幽霊関係で・・)

もう一つは、どうも、小ネタ含めて、各所のギャグのノリにどうもついていけない(またはなじめない)ものを感じたせいもあるように思っています。
特に、”シャドウ・オブ・ザ・チルドレン”の辺りのいわゆる”萌える”(??)系統のノリというか展開は、何が元ネタで、どう笑わしてもらったらいいのか戸惑うことが多く、もはやついていけないか??という気分になりました。


まあ、まだ判断するには早すぎる段階です。 元々好きな作品なので、しばらくは様子見で継続購入していくと思います。 お話的にも、新たな面白さを見つけて、読んでいければと思っています。

表紙絵は、影武者チルドレンを操る2人、ティム・トイとバレット。 (チルドレンはこの巻からは中学生姿で) 構図と背景色、バランスはとてもいい感じですね。 ティム&バレットのグリーンの服と、穏やかな赤紫の背景色がちょうどマッチしているという印象です。


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2009年03月17日

本>文芸 「予告された殺人の記録」 作:G.ガルシア=マルケス

「予告された殺人の記録」,作:G.ガルシア=マルケス,新潮文庫です。
町をあげての盛大な婚礼の翌朝、一人の男が切り刻まれて殺された。
殺した男達と、殺された男は、昨夜共に酒を酌み交わし、共に騒いだというのに。
しかもその殺人が行われようとしていることは、様々な形で予告されていたというのに、
結局、その殺害は実行されてしまう。


物語は、そこにいたるまでにどのようなことが起こっていたのか?どのような人がどのようなことを感じ,思い,判断したのかを丹念に記述し,語られています。
事件が起きた時代と、その20年ほどのあと、事件がどのように、そしてなぜ起こったのかを調べようとする”私”の行動を織り交ぜつつお話が進みます。
それを語る中で、人間の(というより人間社会の)めぐり合せの悪さとか、個々の人間の弱さ、卑怯さ、臆病さからくる行動、ある種の無責任さ等々。。。人間とその共同体、組織といったもののあらゆる側面が、重厚に、そして重層的に描き出されていて、単純にこうであったという感想などとても書けないといったところです。
しかし、これは本当にすばらしい作品だと思います。 中篇というくらいの薄い文庫なのですが、これほどの密度を感じさせる作品はそうそう無いのでは?と思います。


この作品の誰もが、そんなに激しい憎しみや誰にも止められない意思を持って行動したというわけではないのです。 しかし、殺害を実行したものも、やりたくない。 しかし、やらなければ自分が周りから嘲笑を受けるかも?という恐れから(そこに弱さがある)、この行動に出たように思えて、個々人を有形無形に縛っている、共同体や組織の”常識”とか”こうあるべき”といったもの怖さを感じました。 そしてそこから自由であることが如何に難しく、時に勇気がいることか・・・・
この作品、人間のあまりの多くの側面を描き出しているために、全てを語ることなどできはしないのですが、読後約3週間たって、このことが大きく気になっています。


もう一つは、人間がどんなにその考え方を近代的に、または、クールに割り切って行動しようとしても、その生まれ育った環境で、教えられ、刷り込まれた様々な”当たり前””常識”といったものからは、そう簡単に自由にはなれないこともこの作品を読んで痛感します。
この作品で本当に殺人が起きた原因は、結局明確には判らないまま(少なくとも私には)だったのですが、直接のきっかけは、婚礼の夜、花嫁が処女でなかったことから、花嫁を家に帰したことに起因しています。
この花婿は、他の街から来て、非常にお金持ちで、何事もクールに、お金で解決しようとしていて、あまり因習にとらわれた思考をしないような感じに描かれているように思えたのですが、結局”花嫁は純潔でないといけない”という、今を生きている我々の感覚からすると、やはり古臭い常識にとらわれて、それゆえに、大騒ぎをし、この悲喜劇の幕を実質的に開けてしまいます。
そして我々も、、、彼らと同様やはり生まれ育った社会の当たり前に余りに縛られているでしょう。 私なら、不惑を超えるまでに生きてきた間の様々な刷り込み、昭和の後半〜平成という時代、大阪に生まれ育ったという場所的なこと、両親から受けた様々な教え等等。
そういった中で、多くの”当たり前”を持っていて、それに縛られているはずです。
(岡本太郎さんの言葉をお借りすると、そういったものの泥にまみれているのです。)
おそらく様々な場面で、この作中の人物達と同じとらわれがあることを、読んだ誰もが感じるのではないかと思います。


この作家さんは、「エレンディラ」という作品を読んで、その世界観にひどく惹かれて、なにかもう一作と思って、買ってみた作品なのですが、これも個人的には大当たりで、ここ最近読んだ小説ではダントツにすばらしい作品だと思っています。
始めは、ちょっと読み進みにくいところもあるのですが、読んで決して損は無い、すばらしい作品と思います。 ご興味を持たれた方は是非、お手にとって見てください。
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2009年03月10日

アート> 「椿ア和生作品展 淀河冬春」 アートスペース海月文庫

地下鉄 西中島南方駅から歩いて7〜8分。 アートスペース海月文庫で開催(3/4〜3/9)の「椿ア和生作品展 淀河冬春」を見てきました。

ほぼ抽象に近いくらいシンプルに川の水面と岸の線が作られていたり、淀川の堤防とその外側の下町の町並みが描かれていたり、冬の鴨が描かれていたり、、、といった感じで、淀川河畔の風景、情景を様々な素材、表現で描いた作品が展示されていた展覧会。

真四角でない木の板や、いかにも長い間外にさらされてきた色の木片で構成されている画面などがあったため、淀川の河原とかで見つけたもので制作されたのかな?と最初思ったのですが、そういうわけではないそうです。 しかし、なんとなく古い素材を用いて作られた作品が多く、そこが、素朴であったり、落ち着き、ほっとするような感じを与えてくれる、暖かい雰囲気の空間を醸し出していました。

木目を上手く生かした作品も多く、また、この方の版画作品も展示されていたのですが、それを見たせいでしょうか? なんとなく作品の雰囲気として版木のような感じを受けるものが多いような気がしました。 個人的にはそこが何ともいい味に感じられてとても良かったです。

この展覧会は、日曜日に見に行ったのですが、気温は結構暖かくて、途中の道の雑草がもうぐんぐん伸び始めていて、花がほころびそうになっている蕾があり,木の枝にも明らかに緑の芽吹きを感じさせる芽が出始めているのに気づいたりと、私があたふたと日を過ごしている間に、もう今年も3月に入っているのだと、改めて思い、いつもながらこういったことに迂闊な自分にちょっとあせりを覚えた日でした。 もう少し、こういった季節のさきがけと言ったものに敏感でいたいと、このところ思うのですが、日々の事に取り紛れていつも後手を踏んでしまっています。 ”反省!・・・・”ですね・・・・。
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2009年03月08日

アート> 「阿部順子展」 不二画廊

地下鉄 堺筋本町駅近くにある、不二画廊で開催中(3/2〜3/14)の「阿部順子展」を見てきました。

この方は過去何回か見させてもらっている作家さん。 2回ほど記事を書いています。
この方の作風は、抽象平面と言っていいと思います。 基本の技法はほぼ変わらずという感じで、砂と消石灰をまぜて水で練ったものをコテで画面にぬって、湿っているあいだに、引っかきや、顔料を使用しての色とかがつけてある画面です。


しかし今回、その表現は、結構変化がありました。 これまでは、画面の中に何らかの”形”が存在しているのがはっきり分かるという表現であったのですが、今回は、画面構成としては横一線、又は縦一線のストライプ模様という感じで、引っかき+色でその線状の模様が作られているという構成。 真ん中に線があるとか、半分模様があるとか、その幅、位置は作品によって色々でしたが、基本、線一つがあるという構成は共通のものでした。

短くシャープな引っかき傷がたくさん集まって一つの大きな線を感じさせるという構成。
最初ざっと見たときは、その線の方向がそろっている感じで構成されている画面がシンプルでうるさくなくていいかなぁ?と思ったのですが、それは、どんな技法だろう?と近くでじっと見ていたときで、その後、ちょっと距離を置いて空間全体を見る形をとってみると、ランダムで画面全体に引っ掻きがついている画面のほうが、むしろ画面全体として非常にいい感じになっているなぁと思いました。
やっぱり引いて見ないといけないなぁ・・・と改めて思った次第。


画面上には無数といっていい引っかき傷があるのですが、それらは全てペインティングナイフでされているとのこと。 しかもこの作家さんの画面は、乾くまでが非常に時間が短い技法だそうなので、短時間に集中して一気に描ききられた画面のようです。
それだけの集中力、勢いが維持できるというのはとてもすごいことと思います。


今回もとても良かった展覧会でした。 また次拝見するのが楽しみといった感想です。
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2009年02月28日

マンガ> 「ベントラーベントラー」1巻 作:野村亮馬

「ベントラーベントラー」1巻,作:野村亮馬,アフタヌーンKC,講談社です。
時代設定は、ちょこっと未来というくらい。 いろんな異星人(この作中では外星人と呼んでいます)がなんとなく住み着いていたり、時々トラブルが起こったりといった状態で、そんな外星人の絡んだトラブルの対処がお仕事の、外星警備課に勤務している主人公”すみちゃん”。 のんびり、ほのぼの、まったりと、色々起こる外星人が絡んだトラブルに対処していくといった雰囲気の、ゆるめのSF作品。

”ベントラーベントラー”という言葉は、たしかUFOを呼び寄せるときにつかうおまじないの言葉であったという記憶があるのですが、この作中では、外星人絡みの事件を解決するのに外星人の力を借りようとしたときの隠語として使われています。

外星人が絡んださまざまな問題が起こるわけですが、基本的に、地球を侵略しようとか、その事件によって人類のモラルが揺り動かされるといった深刻なことは全くなしで、なんとなく軽〜〜いノリで、なんとなく丸く収まってしまっています。
逆に、そういったいかにも深刻になりそうな状況を作っておいて、それをあっさり、まーえーかなーー。。。と落としてしまうところがこの作品の面白みであると思います。


一番それを感じたのは、”世田谷トリプレッツ”のエピソードで、外星人が調査のため子供のコピーを作ってしまったのですが、そのコピーが数年の時間差で帰ってきてしまうというもので、オリジナルの子供とコピーの子供の間でいろんな相克があったり、家族が受け入れられるのか?といった、人や、家族のアイデンティティを問いかける重い重いテーマと展開になってもおかしくないところが、一晩家族の家に泊まっただけで、”他人とは思えない”とあっさり受け入れられて、すっかり家族団らんになっているという、馬鹿馬鹿しいほどの丸い治め方でした。(でもこの作品の雰囲気にとても合っている)

まあこの作品は、あまり難しく考えずに、キャラクター間の軽いノリの会話と展開を楽しめばいい作品だと思います。 そういう意味では結構楽しめた作品。 なかなかいい味です。
しかし、この味で何時まで面白みを維持できるか、何時までネタが続くか?は疑問が残るところです。
ある程度の巻数でスパッと終わらせた方が、作品としてまとまるのでは?という気がします。


でもこの作家さんは、SF関係に非常に造詣が深いのかな〜と思いました。 ロボットの呼び方についての薀蓄もそうですし、ブレードランナーのネタを出すあたりも。。。

この作品、私は結構気に入りましたが、SFが好きで無い人は、全く面白くないかもしれないとも思いました。 だから意外と好みが分かれる作品かもしれません。
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2009年02月22日

アート> 「吉田廣喜展」 信濃橋画廊

地下鉄本町駅近くにある、信濃橋画廊で昨日まで開催(2/16〜2/21)の「吉田廣喜展」を見てきました、信濃橋画廊の地下、一番大きい展示室での展覧会。

この方の作風は、平面なのですが、単純に具象か抽象かと言い分けにくい感じ。 にじみのような線が引いてある所もあり、引っかきや細い線で、図形のような記号や、矢印が描いてあったり、文字を思わせる点の連なりがあったりと、それが一つの画面で混在しているので、単純にカテゴリー分けしにくい感じ。 しかしはっきりと意味がこうとか/こういう事が言いたいのか/とかは分からないものの、なんとなく全体として各模様の配置の具合からリズムやむしろ全体で詩のような感じを受けるという印象(あくまで私個人が、そう感じた、、、ということですが)

黒字に白く細い線で矢印が描いてあったりした感じが、なんとなくバスキアっぽいような気がぱっと見はしたのですが、そういった攻撃的な感じより、実際見ていると、もっと深く静かに何かを言っているという印象。 どちらかというと、好みの作風では無い方かと思ったのですが、見ているうちに、引き付けられていった画面でした。

技法的にいい感じに思えたのは、ごくごく薄く、黒が塗ってあって、そこが乾く前に拭き取ったかの様な感じで矢印が描いてある表現で、実際の厚みはほとんど無いものの、拭き取ってある箇所がひどく引っ込んでいるような、奥行きを感じて、非常に面白かったです。
(たぶん上から白を塗ったのではないと思えました)
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2009年02月18日

本>文芸 「エレンディラ」 作:G.ガルシア=マルケス

「エレンディラ」,作:G.ガルシア=マルケス,ちくま文庫です。
背表紙の紹介文によると、”大人のための残酷な童話”として書かれた物語とのこと。
まさにその通りの7つの物語が収録された短編集。


この作家さんは、コロンビアの作家さんだそうで、それぞれの物語の舞台はラテンアメリカのどこかといった感じなのですが、その描写が、単に語り口が童話(又は寓話)的という以上に独特なものを感じて、その描かれている世界観は、非常に魅了されるものがあります。

人間の持つ様々な側面、残酷であったり、愚か/無慈悲であったり、単純に感傷的な言動であったも裏には自分勝手なものが覗いていたり・・・ 何とも書き表しがたい、複雑な思いにとらわれます。 しかし読むものをひどく引きつけるものがあると思います。


印象に残っているのは、
”大きな翼のある、ひどく年取った男”,貧しい寒村に、ひどく老いぼれた天使が漂着して去るまでの出来事を描いているのですが、その天使が、コミュニケーション出来る存在とは描かれていなくて、周りの人間が勝手に騒いでいろんな出来事が起きるのですが、天使自体はそれに関わりなく、季節とともに去っていく。 何かに勝手に期待し、相手が期待通りでないと幻滅し、、、と相手の立場になろうとしない人の身勝手さを感じる作品。

”この世でいちばん美しい水死人”,これも漂着した人並外れて大きな体の水死人の葬儀を挙げてやるといったお話なのですが、村人は、彼の姿から生前の彼のことを勝手に空想し、可哀そうがったりし、出来る限りの葬儀にしてやろうとします。 しかし、もし彼のような存在が生きてこの村にいたなら、村人達は彼をウドの大木扱いし、馬鹿にしたかもしれないことも描かれており、村人が彼を哀れみ、同情しているのも、彼が死人という自らの利害に無関係な存在になっているという条件下であってのこと。。。 なのでこれも人の身勝手な又は無責任な側面を感じさせるものと私には思えました。


”無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語”,これは、この本のタイトルになっているエレンディラのことで、本当のタイトルはこんなに長ったらしいものになっています。
このお話の最後で、エレンディラは、彼女を長い間抑圧してきた祖母が殺され、確実に息が止まったのを確認したとたん、分別+狡さを持ち、彼女のために祖母を殺害した男を残し一人走り去ってしまいます。 どこまで計画的であったかは、分からないにせよ、彼女が男に祖母を殺させ、その後男の期待と異なる行動をとったことは間違いないところと思います。
どこまで人は無垢といえ、どこから功利的といえるのか?どう考えていいか分からない複雑な読後感。


人の持つ余りにも様々な面,いい面悪い面ひっくるめて、余りにも多くのものが提示されているように思えて、それを批判的に見ていいのか?、自分に置き換えて自己批判/嫌悪のネタにしていいのか?どう思えばいいのか何とも整理がつかない複雑な読後感という状況です。 しかし、確実にこの作家さんの描き出す世界観に魅了されていると思います。
久しぶりに、個人的には大当たりの作品を読んだという気分です。/span>

意外と癖が強いかもしれないので、好き嫌いは激しい作品/作家さんかも知れません。
しかし、私は是非、この作家さんのほかの作品も読んでみたいと思っています。
ご興味を持たれた方は是非、お手にとって見てください。

※しかし、このところ、ちょっと重い作品が続いたので、ちょっと次は、楽に読めるのがいいかなぁ〜と言う気分です。
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2009年02月12日

アート> 「thing・matter・time・2009 後期」 信濃橋画廊

地下鉄本町駅近くにある、信濃橋画廊で開催中の「thing・matter・time・2009」を見てきました、信濃橋画廊の地下、一番大きい展示室でのグループ展。
前期2/2〜2/7、後期が2/9〜2/14と2週に分かれたグループ展です。 今日は後期を見てきました。


今回良かったなぁ〜〜、、と思ったのは、
浅利美織さんの作品で、つやのある白の厚手のビニールのような素材で作られた半立体といってもいい感じの作品。 形状はキャンパスの四角なのですが、使用されているビニール様の素材が折りたたまれたりしわになっていたりという感じで模様が出来ています。
文字に書いてしまうとそれだけなのですが、その模様の付け方が、シンプルながら画面の中の構成としてとてもいい感じで、要素が少なくていい感じという、個人的にとても好みの作品。


大城国夫さんの抽象平面作品。 今回初めて、紙に描かれた作品を見た気がします。
縦に2枚展示されていたのですが、上の作品が青が主に見える,下は緑が主に見える作品。
この方の作品は、ほぼ全体に塗られた色と、その下にわずかに見えている描き込みの模様の具合が面白いのですが、今回見た作品では、上の青の作品のほうが、下の描き込みの感じがより感じらる画面で、私的には好みでした。
 最初は、紙に直接描いた作品かと思ったのですが、よく見ると描いてある部分の端がきれいに直線で切れていて、版画なのかなぁとも思いました。(サインとかも入っていたし) しかし確かなことは何とも分かりませんでしたが・・・


後は丹敬子さんのこれも抽象平面作品。 画面構成はとてもシンプルなのですが、区切り方、塗りわけがシンプルで大きくて、とてもいい模様の画面でした。

個人的に好みだなぁと自分で認識している傾向の作品が良かったなぁと感じた今回でした。
意外な!?という驚きは無かったわけですが、いい作品が見れたので、今回も良かった展覧会。 今週は祝日が入ったので、水曜日に見にいけました。
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2009年02月10日

アート> 「滝野昌穂展」 信濃橋画廊

この展覧会は、土曜日に見て、もう終わってしまっていて、遅ればせなのですが、感想を書かせていただきたいと思います。
地下鉄本町駅近くにある、信濃橋画廊で2/7まで開催していた「滝野昌穂展」を見てきました、信濃橋画廊の5Fの大きいほうの展示室での開催でした。


この方は、版画の作品で、パッと見の作風は、モノクロの抽象平面という感じで、黒なのですが、絵の具の濃淡の具合が版画のはっきりとした白黒というのではなく、にじみとかかすれとか乾いていくときに出来る自然な濃淡を使われているのか、非常に微妙な味わいのある画面で、模様の感じも、個人的に好みの感じで、まずその画面に惹きつけられました。

で、画法を見てみると、”ポリマー凹版”となっていて、なんだろう?となりました。
版画なのは推測がつきますが、初耳の技法です。
作家さんが在廊されていたので、聞いてみたのですが、紫外線の感光で凹凸の版を作る比較的新しい技法で制作されているとのことでした。
昔、活字印刷のニュースで、感光で樹脂を固めて印刷の版を作るという場面が流されていたのを見たことがあったのですが、技法としての基本のイメージはそんな感じのようでした。
ただ光を当てる強度などで、出る色の濃淡が変化したりと、実際の制作においては作家さんの細かい工夫がたくさんあるようなお話でしたので、そう単純ではないのだろうとは思います。


作品のほうですが、私は単純に、模様としての面白い画面と感じたわけですが、作品は一枚の作品の右側が、このモノクロの版画で、左半分には、小さく五線譜と音符が書いてあります。 過去作品のポートフォリオを見てみると、音楽を演奏する人の姿を描いておられる作品が多くあり、どうも単純に模様というわけでは無いようでした。 といっても私にはちっとも難しいことは分からないままでしたけど。。。

まあ、意味的なことはさておき、モノクロの模様は面白いもので、新しい技法のことも知ることができたので、見てみて満足の展覧会でした。
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2009年02月09日

アート> 「遊上陽子展」 ギャラリーすずき

京都の都ホテル前にあるギャラリーすずきで開催中(2/3〜2/8)の「遊上陽子展」を見てきました。 最寄り駅は、京都地下鉄の東西線けあげ駅だそうです。(私は阪急河原町から歩いたのですが)

何度か感想を書かせていただいている作家さんです。 
作風は抽象平面。 黒く塗った木のパネルを地にして、画面上を小さい四角に区切ってそこを鉛筆の線で塗りつぶすというのが基本の作風。 地の黒と鉛筆の黒の色味の違い、光の反射の違い、鉛筆の塗り重ねの回数で反射の強度が違っていたり、そういった微妙な味わいが気持ちにじんわり効いてくる、とてもいい画面。


今回は、鉛筆で塗りつぶすにしても、四角の範囲にきっちり収まるように塗った作品もあり、あえて塗り残しを設けて、丸みを帯びた鉛筆の塗りあとの連続になっていたりと塗り方に工夫を凝らして見られたとのこと。

また、地の真っ黒も、黒ジェッソとアクリルの塗り分けで微妙に差分が感じられたりと、気づきにくいのですが、気づくとこんな微妙な変化が出るのかと・・それも驚きでした。
(黒といっても本当に色々です)


こういうあるか?ないか?という微妙な変化で面白いというのは、私の好みの作風なので、今回もとても良かったです。 又機会があれば出来るだけ足を運んでみたいです。
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2009年02月08日

アート> 「thing・matter・time・2009」 信濃橋画廊

地下鉄本町駅近くにある、信濃橋画廊で開催中の「thing・matter・time・2009」を見てきました、信濃橋画廊の地下、一番大きい展示室でのグループ展。

3年連続で、このグループ展を見に行っています。 今年は、apronのスペースは別の方の個展に使用されていましたが、前期・後期に分かれて開催という方式は同じ様です。
前期が2/2〜2/7、後期が2/9〜2/14です。 今日は前期をまず見てきました。


今回の展示作品で、良かったと感じたのは、廣瀬紀明さんの作品、抽象平面で、茶色の地に繊維がほぐれたような模様が明るめの黄緑でついているという抽象作品。
この方は、過去何度か拝見しているのですが、今回模様の部分が派手すぎず、きつすぎず、しかし存在感はしっかりあって、画面全体を非常にすっきりと見ることが出来て、とても良かったと感じました。 今日見た中で、一番印象に残っています。


他は、甲斐幸さんのこれも抽象平面、大きく描き分けられた画面構成が面白く、模様の具合が有機的なやわらかさとボリュームを持っていて、一種独特の迫力がありました。
梅谷修さん,非常に繊細な細い線でぐるぐる模様が描いてあり、全体で繭のような模様となっている、これも抽象と言っていい作品。 小品でしたが、非常に描きこんだ作品。 小品なので迫力ということではないのですが、どこか引きこまれる描写で、とてもいい作品でした。
川崎純敬さん、青く塗った板にストロークにして3つ,曲線の彫りを入れただけのシンプルな作品ですが、そのシンプルさがとてもいい感じでした、個人的に好みの作風。


こんなところでしょうか?DMを見ると、後期も過去見た作家さんで、良かった方が出品されているようなので、後期も是非足を運んでみたいと思っています。
これが、今年に入って2つめのギャラリーに足を運んだ展覧会です。 ちょっとスロースタートかな? まあ、寒いときは出るのが億劫になり、夏は駅から歩くだけで汗だくになり、となるとは思いますが、そんなことをぼやきつつも、今年も出来るだけ足を使って色々見て周りたいと思っております。
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2009年02月04日

本>文芸 「バベットの晩餐会」 作:イサク・ディーネセン

「バベットの晩餐会」,作:イサク・ディーネセン,ちくま文庫です。
ノルウェーの小さな町。 そこには、2人の姉妹と彼女達の父親が創設した宗教を信じる少数の人々がつつましく暮らしている。 姉妹の家にはフランスから逃れてきたバベットという女性が家政婦として家事一切を引き受けていた。

 物語は、姉妹とそれにつかの間邂逅した二人の男性の物語、そしてバベットと姉妹という大きく異なる価値観(おそらく永遠に分かり合えない)を提示しています。

正直もう少し、ほほえましい終わり方なのか?と途中までは思っていたのですが、いい意味でも悪い意味でもその予想は、最終の部分で覆されました。 自分に(自分の才能や技量に)自負がある人物の強烈な業の深さが、重苦しい印象を残した作品です。

宝くじに当たって大金を入手したバベット、彼女は、一夜の晩餐会の夕食の提供にその全てを費やしてしまいます。 彼女は、昔はフランスで天才と呼ばれた料理人で、賞金の1万フランを費やしその腕を存分に振るったのです。 確かにその美味は人々の心を溶かしたのは間違いないところの様でした。
 しかし、その理由は、自分の腕をもう一度存分に振るってみたいという単純な表現欲にあるのではなく、自分を「すぐれた芸術家」と規定しているバベットが、自らが思う最高の料理を作れる機会を逃さなかった、ということのようでした。 最高のものでなければ満足してはいけないとこの「芸術家」は思っていたようなのです。


人それぞれ、こだわりがあって、他人には理解できないことに情熱を注ぐというのは程度の差こそあれ良くあることなので、料理に対するバベットのこだわりもある程度は理解できます。 しかし、次善のもので満足するくらいなら何も無いほうがましだという彼女の考え方にはどうにもついていけないものがあり、自分の料理を理解してくれたかつてのフランスの支配者階級の人々を”私のものだった”とまで言い切るあたり、正直傲慢さすら垣間見え、不愉快にすら感じるものでした。

それに、こんなに自分に変なプライドを持ってしまって、”自分は優れている”と思い込んでいると、これからの日々の生活の中で決してバベットは幸福感を感じることは出来ないでしょう。 彼女はこの晩餐会以降の日々をずっと、”こんなものは料理じゃない”と思いながら作って、食べるのでしょうか? 料理人としてそれはすごく不幸なことのような気がします。
毎日の料理の中のちょっとした工夫に楽しみを見出すとか、金はかからないけど意外な食材を新たに見つけて試してみるとか、、 いくらでも出来る範囲内での工夫は出来ると思うし、そういった工夫に楽しみを見出せないなら、そういう人って料理人なのでしょうか??と疑問がわいてきます。


その意味では、何も持っていない、そういうものを理解は出来ないでしょうが、2人の姉妹のほうが幸福感を持って生きているか?いう問いには、はるかにはっきりと”YES”と言える存在ではないでしょうか??

”芸術家”ということの定義は、正直よく分からないところですが、ある一つの分野の表現が好きで、音楽/絵画/彫刻/料理/文章・・・ 何でもかまわないですが、何より自分が作りたいから作る、根底には、ただそれがある・・・ という光景のほうが、私にはよほど好ましい光景のように思えます。

結構否定的なことを感想として書いてしまいましたが、お話としてはとてもよく出来ていて、いろいろなことを読む側に考えさせてくれるとてもいい作品であると思います。
読んだ人それぞれで、きっとそれぞれの感想がある作品と思うので、是非一読をお勧めしたい作品です。
※ちなみにこの作品もBookOffの安売りセールで買った作品ですが、これは大当たりという気分です。
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2009年02月02日

本>自然・博物・エッセイ 「柳宗民の雑草ノオト2」 作:柳宗民,画:三品隆司

「柳宗民の雑草ノオト2」,作:柳宗民,画:三品隆司,毎日新聞社です。
日本に生息する雑草について、その名の由来、分類、関連する知識の紹介まで、平易な文章で紹介してくれている、博物エッセイとでもいう感じの一冊。

これの前巻は、ちくま学芸文庫で出ている文庫本を購入したのですが、今回は、本屋さんで単行本のこちらが並んでいるのを見て、手を出してみました。
 1800円とちょっと高いかなぁ?と思ったりしたのですが、よく考えると、ちくま学芸文庫
って結構高くって、文庫だけど1000円越えてたはずなのです。 この作品は、本文もさることながら、水彩で描かれているイラストがとてもすばらしくて、この作品の大きな魅力であるので、それを考えると、大きいサイズでイラストが見られるこちらほうが良かったかも?と思っています。 だから出した値段だけの価値は十分に感じた一冊です。


この巻も、四季折々に日本で見られる雑草60種余り(前巻で未収録)を紹介してくれています。 前巻を読んで、草の命名の傾向なども多少は覚えていて、スズメとつくと小ぶりなもの、カラスとつくと大柄なものとか、イヌとつくと余り役に立たないと当時の人間が考えていた傾向があるとか、、、そういったちょっとしたことでも覚えていると、読み進むのが楽しくなりますね。 今回も楽しく読ませてもらいました。

今は、冬真っ盛りで、川原や道端を見ても、枯れ姿が目立ったり、緑の草達もじっと耐えているという感じですね。 しかし後2ヶ月もすると、はっとするほどに雑草というのは伸びてきますよね。 人間が”寒さが緩んだ”と感じるころには植物達はとっくに次への準備を始めているのでしょうね・・・
去年は、気づいたときには、もうぐいぐいと伸び始めた草達の姿にはっとした記憶があります。 なので、今年は少し早めに、注意を払って、兆しを感じられるように心がけたいですね。(芽吹く辺りから観察できるように・・・・)
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2009年02月01日

アート>本・工芸 「日本の染織T・U」 青幻舎

今日は、展覧会の感想ではなく、本の情報を書いてみたいと思います。
「日本の染織T[絣]」,「日本の染織U[縞・格子]です。

文庫なのですが、豊富なカラー写真満載で、非常にいい資料となっているという感想の本です。 日本の染め、織物の模様のパターンを日本全国のものが載っています。

私は抽象作品が好きなので、こういう本を見ても、織物、染物の技法的なものとかに興味が惹かれているわけではなく、これらの模様を、単純に抽象の模様として、とても面白いと思います。 だからそういう点で楽しんでいます。

すごく写真の量が多いので、まだ全部見れてはいませんが、時々取り出して眺めているだけでも楽しいだろうなぁと思っていまして、一冊1200円とかなり高い本なのですが、それだけの価値は十分にある本です。

ご興味がある方は、一読してみて損は無い一冊と思います。
このほかにも、この青幻舎の本としては、同時に「琉球紅型」も購入したのですが、こちらも同様にすばらしい資料です。
(ということで、今日は資料的に使える本の紹介をしてみました)
posted by 大阪下町オヤジ at 02:04| Comment(0) | TrackBack(0) | アートなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月31日

マンガ> 「毎月父さん」第3集 作:ヒラマツ・ミノル

「−最強ロマン派− 毎月父さん」第3集,作:ヒラマツ・ミノル,ビッグコミックス,小学館です。 この巻で最終巻でした。

しかし、ちょっと終わり方が唐突というか強引に終わらせたなぁという気がしています。
(打ち切りなのか?と思ったくらい・・・・・)
この作品の面白さは、不条理なほどに、ぶっ飛んだ馬鹿馬鹿しさ、無意味さが、笑えるポイントであると思っていて、この巻もその味は変わってはいないのですが、1,2集と比べてどうもいまひとつ笑いきれないという感想でした。


各エピソードのつながりがあんまり無いと思っていたら、最後の2話で強引に終わらせてしまったと言う感じで、いきなりこれまで一言も出てこなかった総一郎という兄が回想だけながら出てきたり、ゴルビーとの対決もいま一つ,何より最もインパクトのあったあのSSKの謎のオーナーは??!と、色々消化不良な気分です。

まあ、だらだらと続くよりかはましだとは思いますが、最初の期待が大きかっただけに、もう少し上手く終わらせてほしかったなぁというのが正直な感想です。
posted by 大阪下町オヤジ at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガの雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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